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第十二話 魂の帰る場所

 夏の暑さがこびりつき、セミの声が聞こえる。そんな記憶の図書館は今日、とあるイベントを開催していた。


 帰還祭。


 故人に対して、今までの恩や思い出を語り合うそんなイベント。それを記憶の管理者らが開催している。会場も、内容もすべて代々続いてきたものだ。


 せわしなく動く使用人たちの中心に、祭服に着替えたシオンがいた。いつもの紺色のスーツとは異なり、漆黒のカソックを身にまとい、神父のような衣装になっている。

 いつも通り、左耳に蝶のイヤリングが揺れていた。


 シオンに銀髪の使用人、キュラが声をかける。

「お客さんがもう到着したよ。行こうか?」

 それを聞いたシオンはコクリとうなずいた。

「はい。まいりましょう。」


 会場は記憶の図書館ではない。記憶の図書館の少し歩いた先にある、聖堂だ。残っていた使用人たちも、シオンを護衛するように歩いていく。その威圧感はいつにもまして空気を震わせる。




 会場に着くと、たくさんのお客さんが席に座っていた。老若男女問わず、みんながこちらを見ていた。毎年行われる、記憶の管理者の入場だ。


 ざわめきが止み、いろんな視線が交差する。


 好奇心


 それが大勢だった。記憶の管理者であるシオンは、普段めったに人前に姿を現さない。だから、ここで初めてお目にかかる人が多いのだ。


 シオンはその目を避けるようにまっすぐ前を見た。


 相変わらず、緊張する。


 コツコツと靴の音が鳴り響く。ここではシオンが主役だ。


 聖堂の中央に位置する祭壇に立つとシオンは振り返って客に向けて深々とお辞儀をする。



 シオンが顔を上げると、聖堂の空気がわずかに震えた。自分の動作一つ一つにみんなが意識を向けてきているのがわかる。シオンは呼吸を整えながら前を向いた。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。これより、帰還祭をはじめます。」


 低く、透き通るような声が響いた。自分の声とはまるで思えないほどはっきりと聞こえる。



 帰還祭が始まった。



 帰還祭の客は、正式に選ばれた数名のみ。彼らが最もお世話になった方の記憶の書を並べて儀式をするのだ。それを行うのは紛れもなくシオン本人である。


 祭壇の上に並べられている記憶の書。もう、姿や声を見たり聞いたりできない人たちの物だ。

 本来なら、記憶の管理者であるシオンは自分の記憶の書も、他人の記憶の書も開いてはならない。だが、彼は一つ目の記憶の書を開いた。



 すると、中から何かが飛び出してくる。白い光の粒がふわりと舞い上がり、そのままシオンの周囲を動き回った。その中心に、小さな影が形を成す。


 蝶だった。


 半透明な銀色の羽をもち、自由自在に飛び回っている。シオンは蝶を目で追いながら、ほかの記憶の書も同様に開き始めた。


 その蝶の名を「追憶蝶」。亡くなった人の魂をそのまま取り込んだ生き物である。


 みんなの分の追憶蝶を開放すると、シオンは再度お辞儀をした。

 そして顔を上げて両手を上に掲げた。シオンの指先が空を掬うように動くと、追憶蝶はそれぞれの遺族や知人の元へ散っていく。


 蝶がそばにいなくなったのを確認すると、天に掲げていた手をそっと胸の前に持ってくる。深く息を吸い、顔を下げて祈る。


「皆様の記憶が語る限られた時間。どうぞ、想いを紡いでください。」


 ここからは、主役は客一人一人だ。




 思い思いに、追憶蝶に向けて話をしている。


 最近こんなことがあったんだと、

 あの時はこうだったねと、

 その時は申し訳なかったと。


 それぞれが言いたいことを話している声が聞こえる。中には、涙ぐむ人もいて楽しそうな人も家族で来ている方に関しては子供の陽気な声が響く。


 シオンはみんなの様子を祭壇の前でゆっくりとみていた。


 祭りは神様や自然、身近な人に対して感謝を込めて開かれる行事である。それが具現化したといっても過言ではない光景が今目の前で起きている。


 あのあたたかな空間に、自分だけは加われない。


 記憶がない以上、自分のことはおろか知人も家族も、どこにいたのかさえ覚えていない。

 もう、二年も月日がたっているのに。

 どうして。


 少し目を伏せて考えていると、近くにいた使用人マリーが声をかける。


「シオン様、リラックス。大丈夫?具合悪い?」


 小声で、周りの客に気づかれない程度に配慮されていた。シオンはそちらに目線を向けてコクリと頷く。


「すみません、少し考え事をしていました。」


 正直に言うとマリーはニコッと微笑んだ。


「そっか。あとで話し聞かせてね。」


 踏み込みすぎない、程よい距離感でそう話してくれる。それが、今のシオンにとってどれだけありがたいかを本人たちは知らない。




 時間は過ぎ、追憶蝶とのお別れの時間がやってきた。しんみりとした空気の中、シオンは一匹一匹に深くお辞儀をして声をかける。


「皆様のおかげで彼らは今日も生きております。安らかにお眠りください。」


 記憶の書の中へ、彼らが帰っていく。その様子を使用人も客もシオンも見つめていた。


 それはこの上なく静かな別れで、

 そして何よりも貴重な経験だった。


 追憶蝶が記憶の書に消えていくのを確認する。シオンはその書物の前に行くと、一冊一冊丁寧に閉じていった。パタンという分厚い本の音が溶けていく。


 そして、最後の一冊を閉じると、シオンが振り返った。深々と最後のお辞儀をすると周囲を見渡してから言う。


「皆様、お疲れ様でした。本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございました。」


 そして、ちいさく微笑む。客の前に出る場面が少ないからこそ、この機会に話しておきたかった。


 日々の感謝。

 今日のこと。


 紫色の目を細めながら最後に言葉を残す。


「記憶の管理者一同は、今年の帰還祭も何事もなく終えることができて心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。」


 シナリオにない言葉。だが、パチパチと拍手が巻き起こる。客から鼻を啜る音や「お疲れ様です!」という声が聞こえた。

 使用人たちも微笑んでいる。主の成長を見届けるように。

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