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第十一話 つかの間の休息

 シオンは、あの日以来同じ夢をくり返し見るようになった。熱は毎度出してしまうが、翌日の朝には下がっており支障はない。


 だが、あの痛みや苦しみからは中々休めない。寝不足で時より欠伸を挟んだり、目の下に隈ができ始めている。




 それを見越してか、あるいはたまたまそうだったのか、休日を迎えた今日使用人たちが動いた。金髪の使用人マリーが、朝一番にシオンの部屋をノックして入ってくる。

 それを許可したシオンは何事かと目を丸くしていた。


 マリーは腰に手を当て、誇らしげに宣言した。

「シオン様。いきなりだけど、ついてきてくれるかな?」

 本を読んでいたシオンは首を傾げる。マリーはその様子を見ながら「ゆっくりでいいよ!」と声をかけた。


 数分後、シオンは本を閉じマリーの背中をついていく。



 一体どこへ連れていかれるのかと。



 着いた先には、使用人が後二人いた。青髪の使用人ブルーと、普段は表に出てこない青紫色の髪をした使用人アヤメだ。

 シオンの姿を確認したブルーが深々とお辞儀をする。

「シオン様、おはようございます。」

 隣のアヤメも静かに頭を下げる。


 シオンは二人へ視線を向け、首をかしげた。ここまで何をするのか、何をされるのか理解していない。

「おはようございます……ええと、何をするのですか?」

 その質問がこの部屋に溶ける。家具は少なく空き室とうかがえるだろう。


 ブルーとアヤメ、マリーはなぜか互いに見つめあい、コクリとうなずく。

 そしてブルーが一歩踏み出した。

「シオン様、失礼いたします。」

 すると、ブルーの手がシオンの頬に触れた。手袋の布の感触が頬に伝わる。シオンは驚きに目を見開いた。


 ブルーの指先が隈の下へそっと触れる。互いの息が触れ合うほどの距離だった。

「最近眠れていないでしょう?」

 鋭い指摘だった。シオンは視線をブルーからずらす。


 触れられたくない。


 そう思っている。

 その様子にアヤメが静かに言う。

「たまには、休みましょう。主。」

 シオンは泳ぐ視線をわずかにアヤメに向けた。紫色の瞳が不安で揺れている。アヤメは小さく微笑んだ。

「あなたを呼んだのは、寝不足を解消するためだ。少しでいい、私たちに任せてくれないか?」


 使用人たちも不器用だ。

 下手に触れれば壊れてしまう、不安定な主にどう向き合えばいいかわからない。


 いつだってそうだった。




 シオンはその言葉を聞いて、肩の力を抜いた。そしてコクリとうなずく。

「……よろしくお願いします。」

 それを聞いた三人はほっと胸をなでおろした。アヤメは帽子のつばに触れながら静かに言う。

「ありがとう、主。早速だがそこのベッドで寝てもらえるかな?」

 この殺風景な部屋に唯一ある家具。ベッド。ブルーはいつの間にか手を放していて、数歩距離をとる。


 あくまでもシオンを気遣っていた。


 シオンはゆっくりと歩いて、ベッドに横になる。見られながらということで全く寝れる気がしないのだが。

 みんなの顔をゆっくりと見渡す。


 不安そうで

 優しそうで

 自分を気遣う表情が見える。


 ぼんやりとしていると、マリーが部屋を出て行った。何かを取りに行くらしい。三人きりになったこの部屋でブルーがさっそく行動に移す。


 ベッドの近くに座り背中をベッドフレームに寄せながらぽつりと話した。

「寝ながらで構いません。我々の話を聞いて下さい。」

 ブルーは腕の中に口元を隠しながら静かに言った。


「……我々はあなたと出会えてよかったと思っています。」


 シオンは何度目かもわからないほど困惑しながら顔を動かした。ブルーの長い耳がピクリと動いている。それから少しだけ赤くなっていた。


「どの記憶の管理者様に言っていると思われてしまうかもですが……実際、人によっては我々に冷たく当たる方もいらっしゃいました。」


 二年間という付き合いで、初めて聞いた話だ。


 不老不死だということは以前、桜の木の秘密を聞いてから知っている。


 だが、冷たくされたと聞いたのは初めてだった。


 アヤメも自覚しているのか、それに付け加えるように言う。

「ああ。記憶の管理者は性格では選ばれない傾向にある。どちらかというとやはり才能であったり、技術であったり、魔力体制であったり……。そこに使用人を気遣うという項目はない。」

 ぽつりぽつりと紡がれていく、彼らの苦悩。それは普段目にしているしっかり者の姿とは打って変わって年相応に見えた。元の年齢がいくつかは知らないが。


「……だから何だという話になるが、あなたは記憶喪失の中でも私たちを大事にしてくれた。」

 アヤメはシオンの目を見て言う。ブルーもコクリとうなずいてシオンを見た。


 確かに、はじめは自己紹介もままならなかった。

 互いにすれ違い、話すことは基本仕事のこと。

 休日も、会話らしい会話はほとんどなかった。

 主人と使用人というより、ただの業務的な関係に近かった。

 だが、ブルーは言う。


「それでも、我々一同はシオン様のことを誇りに思っています。」

 それは真実だった。


 ブルーは淡々と、自分の思っていることを話した。


 体力がないのに、たくさんの記憶の書を腕いっぱいに運び、

 いつでも指示を受けて、しっかりこなしてくれる。

 わからないことは、聞いてくれる。挨拶をしてくれる。


 自分のいいところなんてないと思っていた。だから客観的にそう言われると胸が暖かくなっていく。それよりも、なぜか息が詰まった。


 その異変に気付いたのはアヤメだ。目を丸くしてその場でしゃがんで視線を合わせた。

「……主、泣いているのか?」

 ただの確認の言葉だったのか、シオンも今自覚する。


 泣いていた。

 なぜ?


 ブルーもそれに気づくとゆっくりと立ち上がる。そして額に手を当てて申し訳なさそうに言った。

「申し訳ありません……泣かせるつもりはなかったのですが。」


 アヤメはそれを聞いてふっと息を吐く。

「ブルー殿、シオン様が欲しいのは謝罪じゃないよ。」

 そしてお手本を見せるようにそっと黒い髪に手を伸ばした。


「よしよし……」


 そう小さな声をかけて優しく、優しく頭をなでる。シオンは耐えきれず、ポロポロと涙を流した。

「う……うぅ……。」

 言葉にならないシオンの鳴き声がその部屋に溶けていった。


 うれしかったんだ。

 真正面から自分を認めてくれて。


 その手に甘えるように、しばらく泣き続けた。




 マリーが戻ってきたころには落ち着いていて、持ってきてもらった暖かい紅茶を飲んでゆっくりしている。アヤメの手はまだシオンの頭に添えられ、ゆっくりと動いていた。シオンは無意識だろうが、- シオンは無意識のまま、心地よさに目を細める。


 マリーがブルーにボソッという。


「シオン様甘えてるのかな?かわいい。」


 それを聞いたブルーがぎょっと目を開いた。そして、慌てて口の前で人差し指を立てる。


「絶対言うな……二度とやってくれなくなるぞ。」


 紅茶を飲みながらアヤメに撫でられるシオンは見たことがないほどのんびりとしている。泣きつかれて、甘やかされ挙句の果てに紅茶まで出された。

 甘えない理由がどこにあるのだろうか。


 次第に瞼が重くなったのか、そのまま寝ることにしたらしい。空になった紅茶を近くにいたブルーに預け、そのまま眠る。

 その表情はとても幼く見えるだろう。そして同時に久々に穏やかに眠れたのだった。

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