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珈琲と書いて

作者: 春原
掲載日:2026/02/26

眠れない夜にいっそのこと珈琲飲むときってありませんか?そんな話です。

珈琲を飲んだ。思い通りの時間に眠ることができなかったから、腹が立って飲んだ。わたしが眠れなかったのだという今夜の事実を、必ず確かなものにしたかった。昼頃、マグカップの底に沈んだほろ苦い夢のなり損ないを、自ら洗い流す予定が欲しかった。

淹れたてと理解していながらすぐに口をつけた。そのまま舌に流して喉まで通し、腹に溜めた。どうしようもない熱さが舌を刺激しながら全身に染み渡って、中途半端に休んでいた身体が不機嫌にも気力を取り戻した。深く、涙が出るような味だった。牛乳を加えようか迷って、それではいけないと思い直す。わたしは今、自分に優しさを与えてはならない。そういう決まりだから、いけない。まるで風呂上がりに飲む水のように珈琲を飲み続けて、とうとう涙と共にマグカップを机上に叩きつけた。

何か盛大な怪我でも負ったかのような感覚だ。混乱している愚かな脳が、眠りにつこうとしていたはずの身体を急速に覚醒させていく。身体に悪い。程よく悪い。悪いことをしてしまったと反省して、鼻を啜る。しばらくぼうっと、その場で固まる。今ここに泥棒でも入れば、泥棒のほうがわたしに驚くだろうと思うほど、人間らしい気配を失くして座り込んでいた。もし本当に泥棒が来て、わたしを襲おうとするものなら、この珈琲を顔面目掛けて空気に塗り付けようと考える。けれど、それではわたしが残したかったはずの不眠が、泥棒を退治するための勇気ある行動に変わり果て、その証拠が床に熱く広がってしまう。泥棒は顔面と地面の熱さに堪らずその場から逃げ出して、わたしの功績は汚れとして結論づいた珈琲塗れの床に留まってしまうだろう。いや、もしかしたら、あまりの熱さに激昂した泥棒が、わたしに復讐すべく殴りかかってくるかもしれない。その場合、もうわたしに為す術はない。夢のなり損ないがこびり付いただけのマグカップを片手に、覚醒したての休みたがる身体をもって、どう抗えばいいと言うのだろう。最後の証であるマグカップをまたもや泥棒の顔面目掛けて投げつけて、その隙に家を見捨てる決意をした後ベランダから道路へ走り出し、周辺の家々に助けを求めるか。眠れない人間が眠ることを諦めたような時間に、一体どれほどの人が助けに出てきてくれるだろう。まず、目を覚ましていただけるほどの危機感と救うべきという悲壮感が、わたしの叫び声にあるだろうか。うまく喉の開かないままなんとか引っ張り出した声で、扉を開けてくれる人間は恐らく、いても一人か二人。その中で追いかけてくるであろう泥棒をとっ捕まえることが適いそうな体格と正義感のある人間、と絞り込むのであれば、始めからわたしに希望はないだろう。そもそも泥棒がどのような体格で、どれほどの気合いをもった人間かにもよるが、他人の家に不法侵入して来るような者に何を期待しても、喜べることはひとつもないのである。

ぼうっとしよう、と思ってミリ単位で動くことなくただ座っていたのに、結局はくだらないことをつらつらと考えて満足してしまった。今夜は始めから、当初の予定通りうまくいかないことばかりである。マグカップの半分以下まで残された珈琲が、先程激しく机上に置かれた揺らめきをとっくに鎮めて、ほんの少しずつ冷めていく。今はまだ殆ど変わらない熱が、わたしが二度寝をして目を覚ます頃には、水に近い温度となんとも言えない苦味に変わり果ててここにいるのだろう。もし二度寝から目覚めたわたしがこの珈琲に手をつけず、またしばらく時間が経っても、珈琲はまだここにいる。それこそ、泥棒が入ってきて珈琲を盗み取りでもしない限り、机上のマグカップの中に、珈琲は入っている。温度も味もやがて、変わらないものとなって、何らかの事実すら証明できない、液体と化すのだ。

やる気のない背伸びをした。背伸びにやる気があったときなどない。そう考えてみると、やる気があって眠ったこともなかった。今から眠ることにやる気を出してみようかと思う。初めての試みであるので、少々楽しみにしている自分がいる。ただ、わたしがやる気を出して本当に眠れたとしても、それを証明する何かは一つたりとも存在せず、寧ろ否定のために珈琲が放置されるのだと、それだけが残念だった。

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