第86話 名前が出る
連続投稿です。
85話からお読みください。
夕方。
ギルドの中は、
昼より静かだった。
依頼を終えた者。
酒場へ流れる者。
帳簿をまとめる者。
仕事の“後”の空気。
掲示板の前に、
立つ者はいない。
紙は、
残っている。
だが――
今は、
見る必要がなかった。
受付の女が、
声をかける。
「……ちょっと、
奥に来い」
断る理由は、
ない。
受付の裏。
仕切りの向こう。
椅子が、
二つ。
座るよう、
顎で示される。
女は、
帳面を開いた。
「今日の倉庫」
「問題なし」
「指示逸脱なし」
短い。
評価は、
感想じゃない。
事実だけ。
「……十歳」
改めて、
そう言われる。
「普通はな、
“やりすぎる”」
「触るなと言われた線を、
越える」
「越えなかった子どもは、
久しぶりだ」
(……久しぶり)
それは、
偶然じゃない。
多くが、
落ちてきたという意味だ。
女は、
ペンを止める。
「ギルドは、
保護施設じゃない」
「だが――
壊す場所でもない」
視線が、
真っ直ぐ向く。
「お前を、
どう扱うか」
「少しだけ、
考えることにした」
扱う。
守るでも、
使うでもない。
判断する、
という言葉。
「しばらくは、
銀貨一枚以下」
「人を困らせない仕事」
「だが、
人の前に出る」
「失敗すれば、
信用が落ちる」
「成功すれば――
名前が残る」
名前。
それは、
危険でもある。
だが――
避け続ければ、
進めない。
「……嫌なら、
断っていい」
女は、
そう言った。
選択肢を、
置いた。
(……逃げ道だ)
だが――
同時に、
試しでもある。
「……やります」
即答は、
しない。
一拍。
それから、
言う。
女は、
小さく頷いた。
「そうか」
「じゃあ――
次は“届け先が人”だ」
「距離は近い」
「だが、
顔を覚えられる」
「それが、
一番の違いだ」
帳面に、
一行。
トア。
文字が、
そこに書かれた。
初めて、
ギルドの内部に、
名前が残る。
外に出る。
空は、
もう暗い。
町の灯りが、
線になる。
(……戻れなくなったな)
村へ、
ではない。
“何も知らない側”へ。
ローディス王国領の町、
オーレム。
十歳の少年は、
初めて――
評価される側になった。
それは、
褒められることじゃない。
責任を、
渡されるということだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




