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第85話 倉庫の中の線


午後。


ギルドの裏口から、

倉庫へ向かう。


町の中心から、

少し外れた場所。


人の往来が減り、

音が変わる。


(……静かだ)


倉庫の扉は、

すでに開いていた。


中にいたのは、

年配の男が一人。


帳簿を抱え、

眉間に深い皺。


「……来たのは、

お前か」


声は低い。

だが――

威圧はない。


「……はい」


「名前」


「……トア」


男は、

一瞬だけ視線を上げ、

すぐに帳簿へ戻した。


「……十歳」


独り言。


「ま、

やることは同じだ」


倉庫の中。


箱。

袋。

樽。


種類は多いが、

雑然とはしていない。


だが――

微妙にズレている。


「ここにあるのは、

三日前までの分だ」


「新しい荷は、

昼に入った」


「混ざってる」


(……なるほど)


仕事は、

“片づけ”じゃない。


仕分けだ。


「この線から向こうは、

触るな」


床に、

白い線。


(……試験だな)


やっていい範囲。

やってはいけない範囲。


それを、

守れるかどうか。


「帳簿は、

そこだ」


「数を変えるな」


「分からなければ、

聞け」


それだけ言って、

男は椅子に腰掛けた。


見ている。


ずっと。


箱を一つずつ、

確認する。


重さ。

刻印。

紐の結び方。


(……焦るな)


急げば、

混ざる。


混ざれば、

信用が落ちる。


“気”も、

“魔力”も使わない。


目と手と、

記憶だけ。


途中、

わざとらしく

男が言う。


「……終わったら、

呼べ」


「勝手に報告するな」


(……誘いだ)


早く終わらせて、

勝手に判断する子どもを、

落とすための。


返事は、

しない。


淡々と、

続ける。


時間が、

過ぎる。


倉庫の影が、

少しずつ伸びる。


最後の一箱。


帳簿と、

照合。


数は、

合っている。


線の向こうは、

一切触っていない。


「……終わりました」


男が、

顔を上げる。


ゆっくり、

立ち上がる。


箱を見る。

床を見る。

帳簿を見る。


沈黙。


長い。


(……ここで、

誤魔化せば終わりだ)


男は、

短く言った。


「……悪くない」


それだけ。


だが――

次の言葉が、

重かった。


「今日の銀貨は、

出す」


「だが、

次は――

“人の顔が見える仕事”だ」


人の顔。


つまり――

責任の所在が、

はっきりする仕事。


男は、

扉を閉めながら、

ぽつりと言った。


「子どもはな、

楽な方に流れやすい」


「だが――

線を守れる子どもは、

少ない」


倉庫を出る。


夕方。


ギルドに戻ると、

受付の女が、

何も言わずに

銀貨一枚を置いた。


袋に入れる。


重みが、

違う。


(……稼いだ)


だが――

誇る気は、

なかった。


これは、

許可証だ。


「次の段に、

立っていい」という。


町の空が、

少し赤い。


ローディス王国領の町、

オーレム。


十歳の少年は、

剣も魔法も使わずに――

信用という線を、

一つ越えた。


それは、

目立たない。


だが――

確実に、

戻れなくなる一歩だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

小さな選択の積み重ねを意識して書いています。

何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。

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