第84話 上に貼られる紙
連続投稿です。
82話からお読みください。
朝。
ギルドの扉を開けると、
空気が少しだけ違った。
人は多い。
だが――
視線が、散らばっていない。
掲示板。
下段の紙が、
一枚減っている。
代わりに、
その上――
銀貨の段のいちばん下に、
見慣れた書式が貼られていた。
「倉庫整理・仕分け/一日/銀貨一」
(……一気に上げたな)
危険はない。
戦闘もない。
だが――
責任がある。
倉庫整理は、
数を誤れば損失になる。
つまり、
信用が要る仕事だ。
周囲の冒険者たちも、
気づいている。
だが、
誰もすぐには動かない。
条件を見る。
時間を見る。
場所を見る。
――その隙に、
受付の女が声をかけた。
「……トア」
名前。
初めて、
呼ばれた。
一瞬だけ、
空気が止まる。
「それ、
見えるか?」
銀貨の紙。
「……はい」
「なら、
これもだ」
差し出されたのは、
もう一枚。
銅貨の依頼。
「配達/二件まとめ/銅貨五」
昨日なら、
分けられていた仕事。
今日は――
一人分だ。
説明はない。
だが――
十分だった。
「銀貨は、
まだ早い」
「でも、
銅貨を二つやらせるより、
一人で見たい」
「判断は、
それからだ」
判断。
その言葉が、
胸に残る。
紙を受け取る。
配達を先に選ぶ。
理由は単純だ。
戻ってこられる。
町を歩く。
二件分の荷。
重さは、
問題ない。
距離も、
把握済み。
一件目。
昨日と同じ通り。
同じ店。
だが――
対応が違う。
「……ああ、
来たか」
名前は、
まだ呼ばれない。
だが――
“分かっている側”の声だ。
受け取り印。
二件目。
少し奥。
商人は、
依頼書を見て、
頷いた。
「……まとめて、
か」
それだけ。
疑いはない。
戻る。
予定より、
少し早い。
受付に出す。
女は、
印を確認し、
銅貨五枚を置いた。
帳簿に、
一行。
今度は――
消されない。
昼前。
ギルドの奥で、
低い声。
「……倉庫、
どうする?」
「……今日の午後だ」
「……あの子か?」
「……他に、
理由があるか?」
沈黙。
それが、
答えだった。
掲示板を見る。
銀貨の紙は、
まだある。
だが――
目に入る位置が、
変わっている。
少し、
低く。
少し、
近く。
夕方。
町の影が、
長くなる。
今日一日で、
稼いだのは――
銅貨五枚。
父から渡された分を含め、
袋の中は、
まだ余裕がある。
だが――
大事なのは、
枚数じゃない。
(……次は、
選ばれるかどうか)
その段階に、
足がかかった。
ローディス王国領の町、
オーレム。
ギルドは、
何も約束しない。
だが――
“様子見”を終えた者には、
静かに、
次の段を示す。
それを掴めるかどうかは――
明日の働き方次第だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




