第82話 受け取る側、渡す側
朝。
ギルドの前は、
昨日より少しだけ静かだった。
掲示板に貼られた紙も、
数が減っている。
銅貨の依頼は、
早い者勝ちだ。
入口をくぐると、
受付の女が顔を上げた。
「……来たな」
それだけ。
名前は呼ばれない。
だが――
追い返されもしない。
カウンターの端に、
一枚の紙が置かれる。
「配達」
「町の中だ」
「日が高くなる前に」
紙を差し出す側だ。
依頼書。
内容は短い。
・革包み一つ
・割れ物注意
・宛先:鍛冶場裏の倉
・受領印をもらうこと
報酬:銅貨三枚
支払い:ギルド
(……いつもより、
少しだけ丁寧だ)
倉庫整理より、
気を使う。
溝掃除より、
責任がある。
「中、見るなよ」
受付の女が、
一応言う。
「……見ません」
返事は短く。
革包みは、
片手に収まる大きさ。
重さは――
ある。
だが、
金属の塊ではない。
(……刃物か、部品)
考えても意味はない。
大事なのは、
中身じゃない。
“運び方”だ。
町を歩く。
朝の通りは、
人が多い。
荷車。
職人。
店の準備。
人の肩が触れる距離。
(……走るな)
急げば、
目立つ。
遅れれば、
疑われる。
歩幅を、
少しだけ狭める。
革包みは、
体の前。
ぶつかられても、
落とさない位置。
(……前世でも、
よくやった)
孤児たちに、
教えたやり方だ。
「運ぶ時は、
自分の体を盾にしろ」
鍛冶場裏。
熱の匂い。
金属音。
倉の前に、
一人の男。
腕が太い。
無言で、
こちらを見る。
「……配達」
依頼書を差し出す。
男は、
目を通し、
黙って革包みを受け取る。
開けない。
振らない。
そのまま、
中に入れる。
「……ここ」
木の台に、
印章。
男は、
依頼書に印を押した。
それだけ。
「……終わりだ」
「……はい」
余計な言葉はない。
町では、
それが一番安全だ。
帰り道。
革包みの重さは、
もうない。
だが――
代わりに、
依頼書の重みがある。
失敗しなかった、
という証拠。
ギルドに戻る。
受付の女は、
印を見る。
一瞬だけ、
視線が止まる。
「……問題なし」
銅貨三枚。
机に置かれる。
数えるまでもない。
だが――
受け取る時、
一言だけ付け足された。
「次も、
同じようなのがある」
誘いじゃない。
通知だ。
ギルドを出たあと、
路地の屋台に足を止める。
湯気の立つ鍋。
具は少ないが、匂いは悪くない。
(……今日は、これでいい)
銅貨を二枚。
黒パンを半分、スープを一杯。
腹が満ちるほどではない。
だが――
判断が鈍るほど空腹でもなくなる。
(……明日も動ける)
銅貨の重みを、
袋で確かめる。
この町では、
力より先に、
“扱われ方”が決まる。
トアは、
それを肌で覚え始めていた。
剣を抜かず、
魔法も使わず。
ただ――
渡され、
運び、
返す。
それだけの一日。
だが――
その繰り返しが、
確実に、
立ち位置を変えていく。
町は今日も、
何も知らない顔で動いている。
その中で、
少年は少しずつ、
「使われる側」の顔を
身につけ始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




