第79話 名を付ける前に
――ギルド職員視点――
昼下がり。
冒険者ギルドの奥。
受付台の裏には、
客からは見えない小さな机が並んでいる。
書類。
依頼控え。
報告札。
受付の女は、
一枚の紙を指で弾いた。
「昨日の配達」
「今日の倉庫整理」
「その前の溝掃除」
向かいに座る男が、
頷く。
「全部、
時間内」
「破損なし」
「苦情なし」
「……逃げてもいない」
最後の一言で、
空気が少しだけ変わる。
「子どもだぞ」
別の受付係が言う。
「銅貨目当てで、
途中で消えるのも多い」
女は、
肩をすくめた。
「だから、
見てる」
「今はまだ、
“登録番号”だ」
「名前で呼ぶ段階じゃない」
机の端に、
小さな木札が置かれる。
仮登録証の控え。
年齢:十
出身:村
武装:木剣
「……武器が、
一番軽いな」
男が、
鼻で笑う。
「その割に、
距離の取り方がいい」
「揉め事を、
増やさない」
「逃げも、
下手じゃない」
女は、
一枚の紙をめくる。
「次は――
町内だが、
人相手が増える」
「倉じゃなく、
“顔を見る仕事”」
「それで、
崩れたら――
そこまで」
判断は、
早い。
期待は、
しない。
だが――
切り捨ても、
しない。
「……銀貨の依頼は?」
男が聞く。
女は、
即答する。
「まだ」
「十だ」
「体じゃない」
「判断を、
もう一段見る」
一人が、
ぼそりと呟く。
「……珍しいな」
「“使い潰す”前に、
考える子は」
女は、
紙を揃える。
「だからこそ、
慎重に使う」
「壊れやすいものほど、
丁寧にな」
奥の棚に、
控えが入れられる。
名前は、
まだ書かれない。
代わりに、
小さな印が付けられた。
“要観察”。
それだけ。
表では、
いつも通りのギルド。
依頼が貼られ、
紙が剥がれ、
銅貨が動く。
だが――
裏では、
静かに決まっていく。
この町に来た、
十歳の少年を――
雑音として流すか、
芽として残すか。
その判断は、
もう始まっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




