第7話 父は、背を向けない
連続投稿です。
5話からお読みください。
―父親視点―
俺は、強い男じゃない。
剣が使えるわけでもないし、
魔法の才能があるわけでもない。
できるのは、
土を耕し、種を蒔き、
天候に一喜一憂することだけだ。
それでも――
父親には、なってしまった。
腕の中の小さな命を見た時、
逃げるという選択肢は、
最初から消えていた。
(……守れるのか、俺に)
自信はない。
だが、やるしかない。
今年の畑は、ひどい。
雨は降らず、
土は固く、
作物は育たない。
村の連中も、皆同じだ。
「今年はダメだな」
誰かが言う。
俺は、うなずくだけだ。
愚痴を言ったところで、
腹が満たされるわけじゃない。
税は、待ってくれない。
王国は遠く、
助けの手は来ない。
(……このままだと、冬は越せん)
だから、薬草を分けてもらった。
正確に言えば、
「分けてもらい、約束をした」
代価は、後で払う。
畑の収穫か、
労働か、
それとも――
もっと重いものか。
考えるだけで、胃が重くなる。
夜、家に戻ると、
妻―リネアはいつも通り、
俺を迎えてくれる。
何も言わない。
責めない。
それが、余計につらい。
(……俺が、ちゃんとしなきゃいけないのに)
赤ん坊を抱く。
小さくて、軽くて、
簡単に壊れてしまいそうだ。
「……すまんな」
誰に向けた言葉かは、
自分でも分からない。
その時だ。
赤ん坊が、
じっと俺を見た。
泣かない。
暴れない。
ただ、静かに。
(……なんだ、その目は)
赤ん坊に、
こんな目で見られたことはない。
まるで――
「大丈夫だ」と言われているような。
馬鹿馬鹿しい。
分かってる。
だが、その瞬間、
胸の奥にあった焦りが、
ほんの少しだけ、和らいだ。
「……お前のために、俺はやるぞ」
誰に聞かせるでもなく、
そう呟いた。
村を出ることも、
借りを作ることも、
恥じゃない。
生きるためなら、
父親は、何だってする。
畑に出る前、
俺は一度だけ、
家を振り返る。
妻がいて、
子がいる。
それだけで、
背中を向ける理由は、
どこにもなかった。
(……逃げない)
強くなくていい。
賢くなくてもいい。
ただ――
最後まで、立っている。
それが、
俺にできる、父親の仕事だ。
父は知らない。
その腕の中の子が、
すでに――
この家を、
この村を、
守るための力を、
静かに育てていることを。
だが、いつか。
いつか必ず。
この子は、
俺よりも、
ずっと先まで行くだろう。
だからこそ――
俺は今日も、
畑へ向かう。
背を向けずに。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




