第74話 慣れは、油断に似ている
連続投稿です。
73話からお読みください。
朝。
町の朝に、
もう驚かなくなっていた。
荷車の音。
水桶の軋み。
眠そうな声。
(……慣れるのは、
早いな)
それが、
少しだけ怖い。
顔を洗う。
昨日と同じ井戸。
同じ値段。
同じ冷たさ。
革袋に水を移しながら、
周囲を確認する。
人の距離。
視線。
立ち位置。
(……変わってない)
少なくとも、
今日は。
ギルドへ向かう。
足取りは、
昨日より軽い。
だが――
軽すぎないよう、
意識する。
(……浮くな)
入口近く。
掲示板の前に、
もう数人。
顔見知りになりかけている、
という事実を、
頭の中で消す。
知り合いは、
油断を生む。
掲示板を見る。
銅貨の依頼。
昨日より少ない。
「配達/半日/銅貨二」
「清掃/午前/銅貨二」
一瞬、
迷う。
(……昨日より、
条件が落ちてる)
だが――
それでも、取る。
紙を剥がした瞬間、
後ろで、
舌打ちが聞こえた。
(……今のは、
わしだな)
振り返らない。
謝らない。
ここでは、
早い者勝ちだ。
受付に出す。
女は、
ちらりとこちらを見て、
何も言わずに頷いた。
依頼書に、
印を押す。
「戻りは昼過ぎだな」
「……はい」
外へ出る。
背中に、
空気を感じる。
敵意じゃない。
羨望でもない。
――“記憶”だ。
(……覚えられ始めてる)
それは、
一人旅では、
危険な兆し。
仕事は、
問題なく終わった。
配達先は、
顔も見ない商人。
印をもらい、
戻る。
銅貨二枚。
手のひらで、
重さを確かめる。
(……これで、
生きられる)
そう思った瞬間。
胸の奥が、
わずかに冷えた。
(……違う)
“生き延びている”
だけだ。
ギルドを出る。
昼の町。
匂い。
音。
人の密度。
昨日より、
すべてが近い。
(……近づいたんじゃない)
自分が、
慣れただけだ。
それは、
視野が狭くなる兆し。
夕方。
昨日と同じ空き地。
同じ風。
同じ影。
袋を下ろし、
銅貨を数える。
減っていない。
増えてもいない。
(……安全だ)
その感覚が、
一番危ない。
村では、
毎日が同じだった。
だが――
町で“同じ”は、
変化の兆しだ。
誰かに、
覚えられる。
誰かに、
数えられる。
誰かに、
「いつもいる」と思われる。
(……動くべきか)
まだ、
結論は出さない。
だが――
一つだけ、
決める。
明日は、
違う時間に動く。
違う道を通る。
違う場所で、
立ち止まる。
慣れを、
切る。
夜。
町の灯りは、
相変わらず多い。
だが――
少年の足取りは、
少しだけ、
慎重になった。
ローディス王国領の町、
オーレム。
一人の少年は、
初めて理解する。
「慣れる」ということは、
安全ではなく――
狙われやすくなる
ということなのだと。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




