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第6話 母は、ただ祈っている

連続投稿です。

5話からお読みください。


―母親視点―


この子は、少し不思議な子だ。


最初にそう思ったのは、

夜泣きが、あまりにも少なかったから。


赤ん坊というのは、もっと泣くものだと聞いていた。

理由もなく泣き、抱いても泣き、

親を困らせるものだと。


けれど、この子は違う。


泣く時は、ちゃんと理由がある。

お腹が空いた時。

体が冷えた時。

そして、私や夫―ハルトが、

ひどく不安な気持ちでいる時。


(……気のせい、よね)


そう思おうとする。

だって、この子はまだ赤ん坊なのだから。


それでも、

腕の中でじっとこちらを見つめるその瞳は、

あまりにも静かで、落ち着いている。


まるで――

こちらの心を、覗いているみたいで。


「大丈夫よ」


私は、そう言って笑う。

自分に言い聞かせるように。


この家は、貧しい。

畑の出来は年々悪くなり、

夫の背中は、少しずつ疲れて見える。


それでも、

この子が生まれてから、

私は前よりも、ずっと前を向いている。


不安が消えたわけじゃない。

でも――


(この子がいる)


それだけで、

朝、起きる理由になる。


夜。

ランプの灯りの下で、

私はこの子を寝かしつける。


その時、ふと気づく。


――この子、起きている。


目を閉じているのに、

どこか“意識がある”ような、

そんな不思議な気配。


「……寝ないの?」


そっと声をかけると、

小さな手が、きゅっと私の指を掴んだ。


胸が、きゅうっとなる。


(……可愛い)


不思議でも、

普通じゃなくても、

そんなことは、どうでもいい。


この子は、この子だ。


私は、母親なのだから。


ある日、

ハルトが畑から戻ってきて、

いつもより黙り込んでいた。


「……少し、話がある」


その声に、

胸の奥が、ひやりとする。


(来た、かもしれない)


でも、私は逃げなかった。


この子を胸に抱き、

ハルトの話を、ちゃんと聞く。


村を出るかもしれないこと。

冬が厳しくなるかもしれないこと。

それでも――

家族は一緒だということ。


私は、うなずいた。


「……どこでもいいわ」


本心だった。


この子が生きていける場所なら、

それでいい。


その夜、

この子を寝かせた後、

私は小さく祈った。


神様でも、

精霊でも、

何でもいい。


(どうか、この子を……)


強くしてほしい、なんて言わない。

偉くしてほしいとも、言わない。


ただ――

この子が、

自分の人生を、

ちゃんと生きられますように。


ふと、

背後で、小さな音がした。


振り返ると、

この子が、うっすらと目を開けている。


そして――

ほんの一瞬。


胸の奥が、

じんわりと温かくなった。


(……気のせい、よね)


そう。

きっと、気のせい。


でも私は、その夜、

理由のない安心感に包まれて眠った。


この子は、大丈夫だと。

なぜか、そう思えたから。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

小さな選択の積み重ねを意識して書いています。

何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。

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