第67話 銅貨三枚の重さ
倉庫は、
町の裏手にあった。
石壁に囲まれ、
表通りの喧騒が届かない場所。
依頼書に書かれた印と、
合っている
(……ここだ)
中は暗く、
湿った空気が溜まっていた。
「……来たか」
声をかけてきたのは、
中年の男だった。
腕は太く、
服は作業向きに汚れている。
倉の管理を任されている人間だ。
「倉庫整理だな」
「……はい」
男は一度こちらを見下ろし、
小さく息を吐いた。
「子どもか」
驚きはない。
期待もない。
「軽い箱だけ触れ」
「奥は来るな」
「分からなければ、
勝手に動くな」
(……当然だ)
倉庫の中は、
雑然としていた。
古い箱。
壊れた樽。
用途の分からない袋。
やることは単純だ。
並べる。
積み直す。
通路を空ける。
汗が滲む。
腕が重くなる。
(……畑仕事とは、
別の疲れ方だ)
それでも、
止まらない。
途中で休めば、
「使えない」で終わる。
昼前。
「……そこまででいい」
男の声で、
箱を下ろす。
息を整える。
男は倉庫を一度見回し、
頷いた。
「十分だ」
トアは、
依頼書を差し出す。
男は下段の完了欄に、
短く署名を入れる。
それだけ。
礼も、
労いもない。
だが――
仕事は終わった。
ギルドへ戻る。
受付台に、
署名済みの依頼書を置く。
女は内容を確認し、
木札と照らし合わせる。
「……初仕事か」
「……はい」
銅貨を三枚、
台の上に置く。
「逃げなかったな」
それだけ。
だが――
それが、
ここでの合格だ。
銅貨を受け取る。
軽い。
だが、
確かな重み。
外へ出る。
昼の町は、
すでに回っている。
すぐに寝床へは向かわない。
ギルドの壁際。
人の流れが見える位置に立つ。
(……見る)
掲示板の前に集まる者たち。
迷う者。
即座に紙を剥がす者。
剥がされた紙を見て、
踵を返す者。
同じ銅貨三枚でも、
競争率は違う。
子どもが剥がすと、
睨む大人がいる。
逆に、
誰も取らない紙もある。
(……理由がある)
時間帯。
昼前は、
軽作業が多い。
午後は、
力仕事が残る。
日没前になると、
危険な依頼が下段に落ちてくる。
(……急ぐな)
腹が減る。
だが、
今は我慢できる。
保存食を一つだけ、
水を少し。
満腹にはならない。
だが――
足りる。
(……銅貨は、
増やすより、
減らさない方が難しい)
日が傾く。
町の色が、
少しずつ変わる。
人の声が荒くなり、
影が長くなる。
(……今日は、
ここまでだ)
動きすぎない。
知りすぎない。
今は――
生き延びる段階だ。
町の端へ向かう。
寝床を探すには、
まだ明るい。
ローディス王国領、
町オーレム。
十歳の少年は、
初めて知った。
銅貨三枚は、
働いて得るものだ。
だが――
次の一日を守るには、
使わず、
見て、
待つ判断の方が重い。
夕方。
町は、
夜へ向かって動き出す。
少年はその端で、
静かに立っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




