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第66話 文字のある場所

連続投稿です。

64話からお読みください。


朝。


町の空気は、

村よりも早く動く。


荷車の音。

呼び声。

金属の触れる音。


夜を越えた者たちが、

何事もなかったように歩いている。


体は重い。

だが――

止まれない。


今日は、

動かなければいけない日だ。


冒険者ギルドは、

目立つ看板を掲げていなかった。


剣と袋を組み合わせた小さな印。

それだけ。


扉は開いていて、

出入りも自由。


中は、

静かではない。


だが、

騒がしくもない。


“仕事場”の匂いがした。


入口近くの壁に、

掲示板。


紙が何枚も打ち付けられ、

上段と下段で色が違う。


上は銀貨。

下は銅貨。


まず下段を見る。


「薬草採取/半日/銅貨三」

「溝掃除/午前中/銅貨二」

「配達/町内/一件 銅貨一」


短い。

必要なことだけ。


読むのに、

難しい文章はいらない。


それでも――

読めない者は、立ち尽くす。


少し離れたところで、

同じくらいの年の子どもが、

紙を指さして大人に聞いていた。


「これ、なに?」


「……掃除だ。銅貨二枚」


子どもは頷き、

紙を剥がす。


掲示板は、

夢を貼る場所ではない。


今日を越えるための現実を、

釘で留める場所だった。


視線を感じる。


受付台の奥にいた女が、

こちらを見ていた。


「……あんた」


声は淡々としている。


「それ、読めるのか?」


「……はい」


女は一瞬だけ目を細め、

次に手元の紙を指で叩いた。


「歳は?」


「……十です」


驚きはしない。

だが、軽く息を吐く。


「十で読めるのは、珍しい」


感心というより、

確認だ。


「村育ちか?」


頷く。


女はそれ以上聞かず、

紙を一枚引き出した。


「登録するなら、ここ」


「名前」


「……トア」


「書ける?」


返事の代わりに、

紙に書く。


乱れない字。


受付の女は、

その手元を見て、少しだけ眉を上げた。


「……読めるだけじゃないな」


「書ける子は、もっと少ない」


それは評価ではない。

だが――

軽く扱う声でもなかった。


銅貨一枚。


登録料。


払うと、

小さな木札を渡された。


仮登録証。


「町の名前はオーレム」


「危ない依頼は回さない」


「本登録は15歳からだ」


「できるのは、銅貨の仕事だけだ」


「薬草、掃除、使い走り」


「それで十分だろ」


十分だ。


今は。


掲示板を見る。


溝掃除。

配達。

倉庫整理。


迷う時間は短い。


まずは、

安全と確実を取る。


紙を一枚剥がす。


「倉庫整理/半日/銅貨三」


受付に出す。


女が頷いた。


「昼までだ」


「場所は依頼書で分かるな」


「終わったら戻れ」


「報酬は――終わってからだ」


当然だ。


逃げる子どももいる。


信頼は、

最初からはない。


木札の重みを確かめ、

外へ出る。


町の朝は、

もう完全に動いていた。


十歳の少年は、

その流れの端に立つ。


剣でも魔法でもなく、

文字と木札で。


生き残るための、

最初の一歩だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

小さな選択の積み重ねを意識して書いています。

何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。

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