第59話 言われなかったこと
連続投稿です。
58話からお読みください。
村を出てから、
二日目の夜。
トアは袋の底に手を入れた。
指に触れる、
冷たい感触。
銅貨。
膝の上に出し、
銅貨を数える。
多くはない。
(……これも)
自然と、
思い出していた。
―――――
あれは、
出ると決める前。
まだ、
何も言っていなかった頃。
倉の整理をしていた時だ。
古い麻袋を運び終えたあと、
父が鍬を壁に立てかけて、
何でもない風に言った。
「……取っとけ」
差し出されたのは、
小さな布切れ。
中に、
銅貨が入っていた。
「……これ」
「水汲み、
仕事の分だ」
それだけ。
理由も、
説明もない。
トアが何か言おうとすると、
父はもう背を向けていた。
「……無駄遣いはするな」
それだけ。
(……知ってたな)
行くことを。
聞かなかっただけで。
止めなかっただけで。
―――――
トアは銅貨を、
元に戻した。
(……返す場所が、ある)
それが、
どれほど心強いか。
誰かに言われたわけじゃない。
だが――
確かに、受け取った。
「行ってこい」でもなく、
「残れ」でもなく。
**「生きろ」**という形で。
トアは袋を締め、
体を丸める。
夜は、
まだ長い。
だが――
独りじゃない。
少なくとも、
背中は押されていた。
言葉のないまま。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




