第5話 守れないという現実
母の熱は、数日で下がった。
命に別状はない。
それだけで、この家にとっては幸運だった。
だが――
安心は、長く続かない。
父の帰りは、以前より遅いままだ。
畑の出来は良くないらしく、
村の空気もどこか重い。
「……今年は、厳しいな」
そんな言葉が、あちこちで聞こえる。
(この村全体が、限界に近い)
それでも、誰も大声で不満を言わない。
言っても、何も変わらないと知っているからだ。
ある日、
父が帰ってきた時、手に小さな袋を持っていた。
中身は、ほんの少しの薬草。
「……分けてもらった」
それだけで、誰から、どんな条件か。
説明はいらなかった。
母は一瞬、表情を曇らせ、
それでもすぐに微笑む。
「ありがとう。助かるわ」
(……代償は、後で払うつもりか)
胸の奥が、重くなる。
前世では、
力があれば、守れた。
今世では違う。
この体では、
知識も技も、まだ“使えない”。
夜。
家族が眠った後、
わしは意識を内側へ向ける。
呼吸を整え、
“気”を巡らせ、
そこへ“魔力”を重ねる。
今までは、
「できるかどうか」を確かめるだけだった。
だが今は違う。
(……なぜ、強くなる)
答えは、もうある。
この家族を守るため。
この小さな生活を、壊させないため。
前世では、
武は探究だった。
今世では――
武は、責任だ。
その意識の変化に応じるように、
“気”と“魔力”の混ざり方が、わずかに変わった。
ピリ、ではない。
しっとりと、絡み合う感覚。
(……これが、正しい在り方か)
力は、感情に引きずられる。
だが、制御されぬ感情は、力を濁らせる。
――守りたい。
――失いたくない。
その二つを、
静かに、芯に据える。
わしはまだ、何もできない。
だが――
(準備は、できる)
体を壊さぬよう、
成長を阻害せぬよう、
ごく微細な鍛錬。
それでも、確実に積み上がっていく。
ある夜、
父が母に、ぽつりと言った。
「……もしもの時は、村を出るかもしれない」
「え……?」
「このままだと、冬を越せないかもしれん」
母は黙り込み、
それから、わしを見る。
「……この子と、一緒なら」
父は、うなずいた。
(……逃げるのではない)
生きるための、選択だ。
だが、その前に――
守れる力が、あれば。
胸の奥で、
静かな炎が灯る。
わしは、誓う。
――いつか必ず、
この家族が、
何も諦めずに生きられる世界を。
そのために、
今日も、ほんの一歩。
力は、まだ小さい。
だが、意思は揺らがない。
そして――
この想いを、まだ知らない者たちの視点が、
次に語られる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




