第55話 旅立ち
夜明け前。
空は、
まだ青くない。
鳥も、
鳴いていない。
(……ちょうどいい)
袋を、
背負う。
重さは、
覚悟の分だけ。
戸を、
静かに開ける。
音は、
立てない。
床板も、
知っている。
何度も、
この家を歩いた。
振り返らない。
振り返れば――
きっと、
足が止まる。
外。
空気が、
冷たい。
村は、
眠っている。
畑。
井戸。
家々。
全部、
いつも通りだ。
(……ここが、
帰る場所だ)
だから、
今は行ける。
村の端。
森へ向かう道と、
王道へ続く道が、
分かれる場所。
一瞬、
立ち止まる。
森を見る。
あの夜。
歪み。
押し返した感触。
(……ありがとう)
言葉は、
届かない。
それでいい。
王道へ。
足を、
踏み出す。
砂利が、
小さく鳴る。
(……大丈夫だ)
“気”は、
静か。
“魔力”は、
眠っている。
今は、
それでいい。
少し進んだところで――
風が動いた。
背中に、
温度を感じる。
振り向かない。
だが――
分かる。
家の方角。
畑のある方。
(……見てるな)
父か。
母か。
それとも――
両方か。
(……行ってきます)
声には、
出さない。
それが、
この家のやり方だ。
空が、
わずかに白む。
夜と朝の、
境目。
少年は、
歩き続ける。
逃げてはいない。
捨ててもいない。
選んだだけだ。
学ぶために。
守るために。
――帰ってくるために。
ローディス王国領の辺境、
ミルネ村。
一人の少年は、
確かに、
旅立った。
それは、
始まりの一歩。
そして、
約束を背負った背中だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




