第4話 何もできないということ
3話、4話連続投稿です。
3話からお読みください。
異変は、静かにやってきた。
父が畑から戻る時間が、
少しずつ遅くなった。
理由を聞いても、
はっきりとは答えない。
「ちょっと土の具合が悪くてな」
そう言って笑うが、
その表情に、以前の余裕はなかった。
(……作物、か)
この村は、天候に弱い。
雨が続けば根が腐り、
日照りが続けば芽が枯れる。
今年は、
どうやら後者らしい。
母は、食事の量をわずかに減らした。
自分の分だけ、ほんの少し。
だが、
前世で孤児たちを見てきたわしには分かる。
(……削っておるな)
それでも母は、
決して笑顔を崩さない。
「いっぱい飲んで、大きくなろうね」
そう言って、
わしをあやす声は、いつも通り優しかった。
夜。
父と母は、
小さな声で言葉を交わしている。
「……このままだと、冬が厳しい」
「分かってる。でも、あの人に頼るのは……」
「背に腹は代えられない」
名前は出ない。
だが、“頼りたくない誰か”がいることだけは伝わった。
(……借金、か)
王国の辺境。
助けは来ない。
選べる道は、
決して多くない。
胸の奥が、ざわつく。
――強くなりたい。
だが、今は赤子だ。
修行は続けている。
“気”と“魔力”は、確かに馴染みつつある。
だが――
(何も、できぬ)
この現実は、
前世とは比べものにならないほど、歯がゆかった。
前世には、拳があった。
今は、泣くことしかできない。
その夜、
母が熱を出した。
高くはない。
だが、明らかに体調が悪い。
「大丈夫だよ」
そう言いながらも、
動きは鈍く、息も浅い。
父は、不安そうに母の額に手を当てた。
「……無理するな。今日は休め」
「でも……」
「俺がやる」
父は、慣れない手つきで、
洗い物をし、食事を用意し、
そして――わしをあやそうとして、失敗した。
「……すまん」
その声は、
驚くほど小さかった。
(……父よ)
その背中が、
いつもより、ずっと大きく見えた。
わしは泣いた。
理由は、
父には分からないだろう。
だが、この感情を、
どうしても外に出したかった。
父は慌てて、
わしを抱き上げる。
「大丈夫だ。大丈夫だからな」
その声は、
わしではなく、
自分自身に言い聞かせているようだった。
(……まだだ)
今は、耐えるしかない。
だが、誓う。
この無力さを、
決して忘れない。
この家族の不安も、
父の迷いも、
母の無理な笑顔も。
――すべて、力に変える。
夜更け。
母の寝息が、
少し落ち着いたのを確かめてから、
わしは静かに意識を整えた。
“気”と“魔力”を、
今までより、ほんの一歩だけ深く重ねる。
ピリ、ではない。
じん、とした、温かい感覚。
(……焦るな)
まだ芽が出ただけだ。
だが、確実に――根は伸びている。
辺境の村の、
小さな家の中で。
誰にも知られず、
未来を変える力は、
静かに育ち始めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




