第36話 魔法は、特別じゃない
連続投稿です。
35話からお読みください。
水汲みは、
いつもわしの役目だ。
村の井戸まで、
桶を持って往復する。
重い。
だが――
もう、苦ではない。
ある日。
桶の縁から、
水がこぼれた。
(……あ)
反射的に、
手を伸ばす。
――止まった。
水が、
一瞬だけ、
形を保った。
落ちない。
(……魔力)
すぐに、
力を抜く。
水は、
ぱしゃりと落ちた。
誰も、
見ていない。
(……今のが、
“魔法”か)
派手さは、
ない。
光も、
詠唱もない。
だが――
確かに、
干渉した。
家に戻る。
母が、
洗い物をしていた。
「……水汲み、
ありがとう」
「……うん」
桶を置く。
(……次は、
意識してみるか)
夜。
家の裏。
風は、
静かだ。
小さな石を、
手のひらに乗せる。
“気”で、
体を安定させる。
“魔力”を、
指先に。
(……押す)
石が、
わずかに、
動いた。
落ちる。
(……十分だ)
浮かせない。
飛ばさない。
“動かした”。
それだけ。
(……これなら、
生活の中で使える)
水を、
こぼさない。
重さを、
軽く感じる。
疲れを、
散らす。
誰にも、
怪しまれない。
(……魔法は、
剣より危険だな)
剣は、
見れば分かる。
魔法は――
分からない。
だからこそ、
慎重に扱う。
母が、
戸口から言う。
「……風、
冷たくなるわよ」
「……うん」
その声で、
集中を解く。
夜空を見る。
星は、
変わらない。
だが――
世界は、
少しだけ、
手の届く範囲が広がった。
ローディス王国領の辺境、
ミルネ村。
一人の少年は、
初めて魔法を使った。
それは、
戦うためではない。
生きるための、
ごく小さな一歩だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




