第32話 出たものと、出さなかったもの
夜明け前。
村の見張りが、
鐘を鳴らした。
高くない。
だが――
短く、速い。
「……出たぞ」
その声で、
全員が起きる。
森の端。
黒い影が、
動いた。
一体。
大きくはない。
だが――
“獣”ではない。
(……魔獣だ)
魔力の歪みを、
確かに感じる。
距離は、
まだある。
だが――
近づいてきている。
男たちが、
前に出る。
鍬。
槍代わりの棒。
無謀だ。
(……ここで、
出るか)
わしは、
息を整える。
“気”は、
すぐ動ける。
“魔力”も、
反応している。
――倒せる。
確信が、
ある。
だが――
倒した後は?
(……見られる)
王国兵。
村人。
力の痕跡。
一度、
使えば終わりだ。
(……違う)
これは、
“わしが戦う場面”じゃない。
「……父さん」
声を、
抑えて呼ぶ。
父が、
こちらを見る。
「……森に、
戻ってる」
そう言った。
嘘じゃない。
魔獣は、
村の境界で、
足を止めている。
「……追わない方が、
いい」
父は、
一瞬、
森を見る。
魔獣は、
低く唸り――
引いた。
森の奥へ、
消えていく。
静寂。
誰かが、
息を吐いた。
「……行った、
のか?」
「……ああ」
父は、
短く答える。
誰も、
追わなかった。
追えなかった。
それが、
正解だった。
夜が明ける。
被害は、
ゼロ。
怪我人も、
いない。
(……“出なかった”
ことに、する)
村は、
そういう選択をした。
家に戻る。
母が、
わしの頭を、
そっと撫でた。
「……怖かった?」
「……ううん」
半分は、
本当だ。
怖かったのは――
戦うことじゃない。
“使ってしまうこと”だった。
ローディス王国領の辺境、
ミルネ村。
魔獣は、
確かに出た。
だが――
何も起きなかった。
それが、
この夜の、
最大の出来事だった。
そして少年は、
理解する。
最強への道は、
勝つことではなく――
「出さない判断」を
積み重ねることだと。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




