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第29話 母は、気づいていた


――母親視点――


あの子が、

少し早く帰ってきた日。


私は、

すぐに気づいた。


顔は、

いつも通り。


声も、

いつも通り。


でも――

歩き方が、

少しだけ違った。


(……何か、

あったのね)


母親は、

そういうものだ。


聞こうと思えば、

聞けた。


問い詰めることも、

できた。


でも――

しなかった。


あの子の目が、

「大丈夫」と言っていたから。


夕方。


洗濯物を畳みながら、

窓の外を見る。


村の子たちは、

まだ遊んでいる。


あの子だけが、

いない。


(……少し、

背負いすぎている)


小さな背中。


でも――

折れてはいない。


夜。


食事を出す。


あの子は、

ちゃんと食べる。


箸の持ち方も、

姿勢も。


(……育っている)


早すぎる気もする。


けれど――

止める理由も、

ない。


布団を敷く。


あの子が、

先に潜り込む。


その肩に、

そっと手を置いた。


「……今日は、

寒くなるわよ」


それだけ。


あの子は、

小さく頷いた。


(……言葉は、

これでいい)


親ができるのは、

答えを与えることじゃない。


戻れる場所を、

用意すること。


夜更け。


ハルトが、

外から戻ってくる。


「……どうだった?」


「……変わりない」


短い会話。


それで、

十分だった。


二人とも、

分かっている。


あの子は、

普通じゃない。


でも――

異常でもない。


この村で、

この家で、

ちゃんと育っている。


(……選ぶ時が来たら)


その時は、

笑って送り出す。


それまでは――

ここが、

居場所だ。


ミルネ村の小さな家で、

リネアは、

何も言わずに、

灯りを落とした。


それが、

一番の祈りだと、

信じながら。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

小さな選択の積み重ねを意識して書いています。

何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。

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