第20話 去ったもの、残したもの
朝。
村の外れで、
一人の男が声を上げた。
「……おい」
畑仕事に向かう途中、
足を止めたらしい。
数人が、
集まる。
「……これ、見ろ」
森へ続く小道の脇。
地面が、
深く抉れていた。
爪痕。
いや――
踏み跡だ。
普通の獣のものではない。
土が、
黒く焦げたように変色している。
(……魔力の残滓)
わしは、
少し離れた場所から、
それを見ていた。
“魔獣”が、
確かに、
ここまで来ていた。
「……昨夜か」
「音、
しなかったな」
「……見回りが、
効いたか」
結論は、
それでいい。
村は、
理由を欲しがらない。
必要なのは、
“今、危険が去った”という事実だけだ。
父は、
踏み跡を見て、
静かに言った。
「……戻ったな」
森の奥へ。
追う者はいない。
追えば、
被害が出る。
ミルネ村は、
そういう村だ。
昼。
村は、
いつもの調子を取り戻す。
畑に出る者。
修理をする者。
子どもたちの笑い声。
(……終わったか)
だが――
わしの中では、
一つ、残ったものがある。
(……森は、
まだ落ち着いておらん)
魔力の流れが、
完全には戻っていない。
原因は、
分からない。
だが――
“一度来た”という事実は、
消えない。
夕方。
父と、
並んで歩く。
「……しばらく、
様子を見る」
独り言のように、
父が言った。
わしは、
頷く。
それだけで、
十分だった。
夜。
一人、
外に出る。
星を見上げ、
呼吸を整える。
“気”は、
体を強くする。
“魔力”は、
世界と繋がる。
(……次は、
準備だな)
今日、
戦う必要はなかった。
だが――
次も、
そうとは限らない。
力は、
使うためにある。
だが――
“使わずに済む力”こそ、
本物だ。
ローディス王国領の辺境
ミルネ村で、
一人の幼子は、
初めて「備える」という段階へ進んだ。
去った魔獣は、
災いだった。
だが――
残したものは、
未来への課題だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




