第18話 森の奥に、見えたもの
連続投稿です。
17話からお読みください。
森に、入るつもりはない。
父の言葉も、
村の空気も、
ちゃんと分かっている。
だから――
境目までだ。
畑の端。
いつもの小道。
そこから先へは、
一歩も踏み込まない。
(……ここまで)
足を止め、
目を閉じる。
呼吸を、
ゆっくり。
“気”を、内へ。
“魔力”を、外へ。
感じるだけ。
触れない。
すると――
森の奥が、
ざらりとした感覚を返してきた。
(……濁っておる)
はっきりとした悪意ではない。
だが、
自然な流れでもない。
獣のそれとも、
少し違う。
(……移動している?)
耳を澄ます。
風に混じって、
かすかな音。
枝が、
踏み折れる。
重い。
鹿ではない。
猪とも違う。
(……大きい)
その時だった。
――ぐるり、と。
空気が、
こちらを向いた。
(……見られた)
ぞくり、と背中が冷える。
本能が、
叫ぶ。
(……下がれ)
一歩、
静かに後退する。
音を立てない。
気配を殺す。
だが――
視界の奥、
木々の隙間に、
それは、いた。
黒い毛皮。
異様に長い前脚。
そして――
不自然な“目”。
獣のそれではない。
何かを、
“理解している”目。
(……魔獣)
この世界の知識として、
聞いたことはある。
だが――
見るのは、初めてだ。
魔力が、
周囲に溜まっている。
森が、
嫌がっている。
(……村に、近すぎる)
距離は、
まだある。
だが――
このまま放置すれば、
いずれ、畑に出る。
夜なら、
家の近くまで来るかもしれない。
(……どうする)
戦えるか?
――否。
今の体では、
“勝てる”ではなく、
“死なない”が精一杯だ。
隠すか?
――否。
村は、
知らなければ、
準備ができない。
(……知らせる)
だが、
どうやって。
子どもの言葉を、
誰が信じる。
(……父だ)
父なら――
信じるかどうかは別として、
聞く。
わしは、
ゆっくりと、
その場を離れた。
走らない。
急がない。
背中を、
見せすぎない。
森が、
再びざわつく。
だが――
追ってはこない。
(……今日は、様子見か)
村に戻る頃には、
心拍は、
いつも通りに戻っていた。
家に着くと、
父がいた。
鍬を置き、
こちらを見る。
「……どうした」
わしは、
一瞬、言葉を選ぶ。
そして――
短く、言った。
「……もりに、
へんなの、いる」
父の目が、
細くなる。
「……どんな」
「……くろくて、
おおきい」
「……目が、
おかしい」
父は、
すぐには答えなかった。
だが――
笑わなかった。
「……分かった」
それだけ言うと、
外へ出ていく。
背中が、
少しだけ、
強張っている。
(……伝わったな)
その夜。
村の見回りは、
明らかに増えた。
大人たちの声が、
低く、短くなる。
ミルネ村は、
まだ平穏だ。
だが――
境目は、
越えた。
ローディス王国領の辺境
ミルネ村で、
一人の幼子は、
初めて“災いの芽”を見た。
そして――
戦わずに、
正しい相手へ、
それを渡した。
それは、
力ではない。
だが――
確かな、選択だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




