第11話 小さな怪我と、使わなかった力
それは、遊びの延長だった。
ミルネ村の外れ、
森へ続く小道の手前。
子どもたちは、
いつものように集まっていた。
「ここ、のぼれるぞ!」
トゥルが、
少し大きめの岩を指差す。
大人なら気にも留めない高さ。
だが、子どもにとっては、立派な冒険だ。
(……少し高いな)
そう思ったが、
止める理由はない。
危なさも含めて、
それが“遊び”というものだ。
皆、順番に登っていく。
ミアは慎重に足を運び、
無事に上まで辿り着いた。
「ほら、できた!」
次は、トゥル。
勢いよく登り、
途中までは良かった。
だが――
足を、滑らせた。
「……っ!」
短い声。
体が、前へ崩れる。
(――まずい)
ほんの一瞬。
わしの内側で、
“気”と“魔力”が、即座に反応した。
距離は近い。
踏み出せば届く。
角度も、速度も、読めている。
――力を使えば、間に合う。
(……だが)
判断は、一瞬だった。
ここで助ければ、
結果は“奇跡”になる。
幼い子どもが、
別の子どもを、自然に助けるには――
出来すぎている。
(……それは、今じゃない)
次の瞬間。
トゥルは、
地面に落ちた。
「いったああああ!」
泣き声。
血は出ていない。
だが、膝を強く打ったようだ。
(……命に別状はない)
すぐに、大人が駆け寄ってくる。
「どうした!」
「転んだだけだ!」
誰かがトゥルを抱き上げ、
別の誰かが膝を確認する。
ミアが、
不安そうに、こちらを見た。
「……だいじょうぶかな?」
わしは、
小さく、こくりと頷いた。
(……これで、いい)
胸の奥が、
ほんの少しだけ、重くなる。
助けられた。
確かに。
だが、
助けなかった。
それは、冷酷だからではない。
この世界で生きるには、
力は――
“最後の最後”に使うものだ。
夜。
家に戻ると、
母はすぐに気づいた。
「……何かあった?」
表情を見ただけで、
そう聞いてくる。
(……本当に、鋭い)
「……とぅる、ころんだ」
それだけ答える。
母はそれ以上聞かず、
わしを抱き寄せ、頭を撫でた。
「怖かったね」
(……怖かったのは、わしの判断の方だ)
父は、
少し遅れて帰ってきた。
話を聞くと、
短く、こう言った。
「……怪我は、誰にでもある」
それだけ。
だがその声には、
責めも、動揺もなかった。
夜。
皆が眠った後、
わしは一人、考える。
力はある。
使える。
だが――
使わない選択も、
同じだけの覚悟を要する。
(……まだ、時ではない)
この無力感は、
前世のそれとは違う。
今は、
「耐える」こともまた、
守りの一つだ。
小さな怪我。
小さな出来事。
だが、この選択は、
きっといつか、
大きな意味を持つ。
辺境のミルネ村で、
一人の幼子は、
初めて――
力を隠すという覚悟を知った
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




