第10話 村の子どもたちと、同じ高さで
連続投稿です。
8話からお読みください。
ミルネ村の子どもたちは、
だいたい同じ場所に集まる。
畑の端。
森へ続く小道の手前。
大人の目が、かろうじて届く距離。
危なくはないが、
自由はある。
そんな、曖昧な場所だ。
「おーい!」
聞き慣れない声に、
わしは足を止めた。
年は、わしより少し上。
三つか、四つほどだろう。
泥だらけの顔。
擦り切れた服。
だが、目は生き生きとしている。
「おまえ、新しいやつ?」
(……新しくはないがな)
そう思いつつ、
わしは小さく首を傾げる。
母は少し離れた場所で、
洗濯をしながら、こちらを見ている。
(……よし。届く距離じゃ)
「なまえ、なに?」
直球の質問。
「……とあ」
短く答える。
余計な言葉は、まだいらない。
「ふーん。おれ、トゥル」
「わたし、ミア」
次々と名が出る。
子どもたちは、こちらの反応など待たず、
当たり前のように輪に入れてくる。
(……気楽なものじゃ)
前世では、
名を名乗るという行為は、
立場や距離を測るものだった。
ここでは違う。
名を名乗るのは、
「一緒に遊ぶかどうか」
それだけだ。
トゥルが地面を指差す。
「これ、投げるんだ」
拾った小石を、
森の方へ放る。
単純な遊び。
だが――
力の入れ方、指の離し方、重心。
無意識に、目が追ってしまう。
(……やりすぎるな)
わしは小石を拾い、
ごく普通に、適当に投げた。
少し飛び、
少し転がる。
「おー!」
なぜか、歓声が上がる。
(……基準が、幼いな)
ミアが、今度は木の枝を持ってきた。
「これ、剣!」
(……なるほど)
剣という言葉に、
胸の奥が、ほんのわずかに反応する。
だが、ここで何かを見せる必要はない。
わしは枝を受け取り、
真似事のように、ただ構えた。
それだけで、
子どもたちの目が輝く。
「それ、かっこいい!」
(……構えただけじゃが)
だが、
この年頃では、それで十分なのだろう。
遊びは、しばらく続いた。
走って、
転んで、
笑って。
体は疲れる。
だが、不思議と嫌ではない。
(……同じ高さ、か)
前世では、
常に一歩先に立ち、
教える側で、導く側だった。
今は違う。
同じ地面で、
同じ目線で、
同じ時間を過ごしている。
夕方、
母が手を振った。
「トアー、そろそろよー」
名を呼ばれる。
その音に、
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
「また、あしたな!」
トゥルが言う。
ミアも、ぶんぶんと手を振る。
(……ああ)
「……また」
短く、そう返した。
家に戻ると、
父が戸口に立っていた。
「遊んできたのか」
わしは、こくりと頷く。
父はそれだけで、
少し肩の力を抜いたようだった。
(……心配しておったな)
夜。
いつものように、呼吸を整える。
“気”と“魔力”は、
今日も穏やかに巡る。
だが、その奥に、
これまでになかった感覚が、静かに残っていた。
(……守るものが、増えた)
家族だけではない。
この村。
今日、一緒に遊んだ子どもたち。
まだ、はっきりと言葉にはならない。
だが確かに、胸の内に芽がある。
辺境のミルネ村で、
一人の幼子は、
初めて「社会」に触れた。
それは、
剣や魔法よりも先に必要な、
確かな一歩だった
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




