第十三話「それはまるで、悪夢のような幸福で」
はじめまして、宵月の兎です。
この作品を読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけますと幸いです。
ゆっくり更新ですが最後まで頑張ります。
私は思わず、ヒュッと息を呑んだ。
悲しげに微笑むマリーを見つめ、私は改めて姿勢を正しい、覚悟を決める。
「決して望んだ妊娠ではございませんでした。
ですが、自分のお腹の中に新しい命が宿っていると知ったとき、『絶対にこの子を守り抜こう』 そう、自分の心に誓ったのでございます。 」
「マリー……」
「その頃は…その…本当に色々な事がございました。 とても辛く苦しい毎日ではあったのですが、お腹の子のことを思うだけで力が湧いてくるようで……その時のわたくしは、明るい未来を夢見て過ごしておりました。 」
慈愛に満ちた穏やかな表情で話していたマリーだったが、続いて話してくれたのは、今のマリーからは想像もつかないような内容だった。
「ですが……お腹の膨らみが目立つようになってきた頃、わたくしの―――わたくしの不注意により、赤子はお腹の中で……死ん、で、しまったのです。 」
全身をぶるぶると震わせながら、マリーは絞り出すように言った。
「そしてわたくしは、そのときのショックと後遺症で、二度と妊娠できない身体になってしまったのです。 それからの日々は、自分でもどのように過ごしていたのかよく覚えていないのですが……。」
「そんな……! なんてこと……」
私は、あまりの事に呆然として、言葉が出なかった。 震えるマリーに、かける言葉が見つからない。
「あの子と離れ離れになるくらいならいっそ――あの時一緒に死んでしまいたかった、と……。 わたくしの心は、悲しみと絶望に支配され『なぜ自分は生き残ってしまったのか』そればかり自問自答するような地獄の日々でした。 」
マリーの表情から急に感情がすべて抜け落ち、能面のように変わったのを見て、私は背筋にぞわりとした感覚を覚え、怖くなった。
思わず腕を伸ばしてマリーの震える手をぎゅっと握ると、彼女は静かに涙を流しながらそっと微笑み、私の手を両手で優しく包み込むと、ゆっくり撫でてくれた。
マリーの深い悲しみと愛情を感じ、私も気づけば泣いていた。
「そんなときに、お嬢様の乳母として、離宮にてお世話をするようにと旦那様から命じられたのでございます。 生まれたてのお嬢様は……もう、本当に天使のようにお可愛らしくて――! 」
その時を思い出しているかのように、目を瞑って語るマリー。
ゆっくりと目を開きながら、嬉しそうに私を見つめながら続けてくれる。
「生まれたてのお嬢様を初めてこの腕に抱かせていただいたあの時、お嬢様はその美しい瞳でじっとわたくしを見つめいらっしゃいました。
わたくしは、そんなお嬢様が愛おしくて堪らなくなって、ぎゅっとこの胸に抱きしめ、赤ん坊らしい甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだのです。 」
(――この私の容姿が呪われているのを、当時のマリーが知らないはずがない。
それなのにこの人はこんなにも……!)
私は、溢れる涙を抑えることが出来なかった。
「柔らかくって、あたたかくって……『幸福そのもの』のような小さいお嬢様をこの胸に抱いていると、どうしてなのでしょうね――ふふっ、不思議なことが起こったのです。」
幸せな時間を思い出すようにマリーは笑った。
「あの時から完全に枯れてしまっていたはずのわたくしの乳房がみるみる張ってきて、そのままお嬢様にお乳を飲ませることが出来たのでございます!
一生懸命にお乳を飲むお嬢様を見て、わたくしは思わず『あの子が帰ってきてくれた』と、思わずそう、思ってしまいました。 」
涙を拭うこともせず、私の手を握ったまま、心の底からあふれ出るような愛情のこもった眼差しで、マリーは私を見つめている--
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。少しずつ物語が動き始めます。
次話もお付き合いいただけたら嬉しいです。
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