1話 田舎
誰も来ないような山奥にひっそりと立つ神社の中で真凛は黙々と箒を動かしていた。
この神社があるのはコンビニが一つもないところにあり、めったにお客さんは来ない。
来るのは、近所のおばちゃんと神社巡りをしている人ぐらいだ。
(またか……)
真凛は神社の中でも大切なところ、祭壇を掃除していた。
三日前に掃いたばかりだというのに、また杉の葉が落ちている。
普通なら掃除は嫌がるが、真凛にとってはむしろ好きだった。
(巫女は面倒くさい)
真凛の家系は代々巫女をやっている家系で、母は巫女をやっており、祖母は引退をしているが九十五歳までやっていた。
最近、母は「そろそろ巫女の仕事を教えないとね」とため息まじりに言っていた。
祖母には昔から「巫女になりなさいよ、あんたは神様が見えるんだから…」と毎日のように言われている。
もちろん十六年間も生きてきて一度も見たことはなかった。
祭壇の掃除は三日に一回だが、毎日祭壇の前には立ち、手を合わせていた。
母、智美も祭壇の前には立つのだが、真凛とは少し違うことをしていた。
智美は巫女なので、神楽を月に一回ぐらいは踊っている。
また、神楽とは別に神事と言うのがあり、年に一回大規模な儀式をする。
その儀式には滅多に出てこない、祖母、美代子でも神事に顔を出し、智美にも指導をする
それだけ、大規模な儀式である。
真凛は見ているだけで儀式中は何もしない。
ただ、正座をしてぼんやり天井を見ている。何のために、こんなことしてるんだろと毎回思う。
神事は明日。
そのために今日は念入りに掃除をしている。
床や壁、そして大切な祭壇も丁寧に掃除をしていた。
智美は真凛とは違い、巫女服に着替えていた。
赤と白のれっきとした服。
それも正式な巫女しか着れない大切な服。
それを見ても真凛は何とも思わないのであった。
翌日。
慌ただしい足音が神社内に響き渡る。
神事とは巫女だけで行うものではなく神主や禰宜
などが神事を取り仕切る。
特に宮司は神社の中でも最も偉い立場である。
真凛の家系は巫女だけなので、宮司たちは他の神社から来てもらっている。
他の神社から来ることは早々ないらしい。
巫女の役目は神楽を舞い、お守りを扱うこと。普段と同じ業務でも、今日はどこか空気が張り詰めていた。
美代子は智美に神楽の舞い方を正確に指導して間違いがないように努めているようであった。
「智美、あんた…今日は大切な日なんだからね…失敗しないでおくれ」
今にも倒れそうな声。
元、巫女の美代子が智美に愚痴愚痴と言っていた。
智美は今までで、失敗したことはない。
だから、なぜ美代子がこれほどまでに言うのか真凛は理解できていなかった。
数分後。
巫女服に着替えた智美が神楽鈴をもってゆっくりと祭壇の前まで歩く。
シャラン、シャランと鈴の音が響き渡る。
(いつもこの音を聞くと眠たくなるな)
真凛は思いながらも正座をして、智美の舞をよく観察していた。
いつもと変わらない舞に変わらない音のはずなのに今日は少し違っていると真凛は感じていた。
舞いの時の右手が少し下がっていることに気づいた。
(あれ、違う)
真凛がそう思った瞬間、鈴の音が少し濁ったにも関わらず智美は舞を踊り続けていた。
真凛は少し、気になったが特に何とも思わなかった。
その瞬間、智美が舞っているところに一本の光が差し込んだ。
「え、」
真凛は思わず息を呑んだ。
目の前には黒い髪に背の高い男。
そしてなんといっても顔が整っていた。
「やぁ、俺の巫女」
彼はニコッと微笑んでいる。
真凛はそんな彼には見向きもせず、智美の舞をじっとみているだけで、見向きもしていない。
「あれ、見えてないのかい?」
真凛の顔に彼は近づけるが何も反応はしなかった。
「お〜い」
目の前で手を振っても見向きもしない。
真凛はついに幻覚を見てしまったと思った。
「み、見えてないのかい?」
さっきよりも距離が近くなる。
それでも真凛は気にせず舞を見ていた。
「本当に見えていないのかい?」
彼は首をかしげ、まじで?という表情で真凛を見つめていた。
そんなことには、気にもとめず真凛は目を閉じた。