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あの日の出来事を、俺は忘れることはない。



1年前、第一魔法騎士隊は原因不明の魔物の大量発生の原因特定及び魔物の討伐を目的にとある森へ訪れていた。


作戦は単純で、あらかじめ決めた班に分かれて森の魔物を討伐していくというものだった。


うちの騎士団は強者揃いだったし、魔物に手こずることもあまりなかったため誰も今回の作戦を不安になど思っていなかった。………そう、誰も。


しかし、事は起こった。


「報告します! イリーヌ班より、ファイアウルフ及びグランドウルフの出現による応援の要請がありました!」


森の奥から駆けて来た1人の騎士により混乱の空気がもたらされる。


「最上位ウルフが2体も!? 馬鹿な、そんなはず」


そんなはずない、という微かな希望は団長により打ち砕かれた。


「………いや、イリーヌ班が進んだ方向から大きな魔力の気配がする。その情報は確かだろう」


「そんな………イリーヌ!」


その瞬間、俺の体に重い絶望がのしかかる。


魔法騎士として戦いを共にしていたイリーヌは俺の幼馴染であり、妻であった。


彼女が率いる班が遭遇した最上位ウルフは、強力かつ多様な魔法を扱う上に知能や頑丈な体を持つ。


精霊の加護がついている剣とはいえ、物理攻撃にある程度耐性のある魔物が相手では俺達魔法騎士は少々不利な相手なのだ。


しかもそれが2体。現場の過酷さは計り知れない。


「レクター班が既に向かったのですが、戦況はよくならず………申し訳ありません!」


唇を噛み締めそう言ったレクター班の伝令役が頭を下げた。


「しかしイリーヌ班とレクター班が押されるとは思えないが」


訝しげに言った団長に、伝令役は首を振った。


「いえ、それが………ファイアウルフの方は変異種かと」


「なんだって!?」


誰もが驚きと不安に駆り立てられる。それは俺も例外ではなかった。


「………分かった、俺が行く」


ただ1人、冷静だった団長が立ち上がるが、俺はそれを引き止めた。


「団長、この班には新人や歴が浅い者が集められています。何故だか分かりますか? あなたがいるからです、セイラス団長」


彼への圧倒的信頼により、この班にはまだ実力が乏しい者たちが集められている。それ故に、彼がこの場を離れるのは得策ではなかった。


「イリーヌ班のように、ここにも最上位の魔物が現れるかもしれない。そうなった時、私1人では確実に彼ら全員は守り切れない!」


「だが、彼らに一番近い場所にいるのは俺達だ。他の班の応援を待っている時間はない!」


「俺が行きます!」


この一言に、団長が言葉に詰まったのが分かった。迷っているのだろう、どうするべきか。


「俺に、行かせてください」


団長が行けば確実にイリーヌ達を救える。しかし魔法騎士の卵たちが潰されてしまうかもしれない。


対して、俺が行けば確実ではないものの、イリーヌ達が助かる可能性はある。


その二つを天秤にかけ、団長は選んだ。


「………サルトル、頼んだ」


「御意!」






「そして俺はイリーヌの元へ駆けつけて、戦った」


血が滲んでしまうくらい強く握った拳を、目の前の小さな女の子はただ見つめていた。


「でも、駄目だった。俺は救えなかったんだ、イリーヌを」


結末を知っていたはずなのに、その子は悲しそうに目を伏せた。


「俺を庇いファイアウルフに焼かれて、死んだ。灰すら残らなかったよ。右脚も、やつに持っていかれちまった」


右脚は焼かれて丸々駄目になってしまったので、現在は義足を装着している。それを伝えると、彼女は一層顔を歪ませた。


「………ごめ、なさ」


「ん?」


「ごめん、なさい」


突如ぽろぽろと涙を流した彼女に慌てて駆け寄り、しゃがんで顔を覗き込む。


「こんなに辛い話だと、思ってなくて。軽はずみに聞いてごめんなさい。話をさせてごめんなさい。………思い出させて、ごめんなさい」


そう言った彼女に、はっとする。


思えばあれから、イリーヌの死にきちんと向き合ったがなかった。1人の時に考えてしまうと、辛くて、悲しくて、悔しくて、とてもじゃないが耐え切れなかった。かといって周りの人間が話題を出さないよう気を遣う中で、誰かを頼るなんてことはできなかった。


だから今までイリーヌの死を受け止めたことはなかったのだ。


「………あ、」


つう、と頰に涙が伝っていく。


泣いてるのか、俺は。


自分でも驚いたのだが、あの子は涙を引っ込めてあたふたしていた。その様子がおかしくて、ふっ、と笑みが零れる。


「な、何かおかしかったですか………?」


より慌て始める彼女の頭をぐりぐりと撫で回す。


「………ありがとな、嬢ちゃん」


君のおかげでイリーヌの死に向き合うことができた、と全てを口にするのは何だか違うような気がしてそう言う。


その言葉に彼女は一瞬きょとんとしたが、赤く腫らした目で小さく笑っていた。




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