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「私、エレノールさんとまともな戦いなんで出来てませんでしたよ。惨敗です」


こぞって私を「天才だ!」「副団長に次ぐ実力者だ!」と担ぐが、それは間違いだと否定する。


しかし第一魔法師隊の魔法師達はみな神妙な面持ち言った。


「フィオラさん、君は自身のことを卑下するけどあの人とあそこまで戦えるのは相当なことだよ。僕達も他国の魔法師に比べたら腕に自身はあるけど、副団長には数秒も持たないし」


「そうそう。それに俺なんか一瞬であの茨にぶっ刺さりそうになるし。だからか模擬試合やる時、いつも手加減されてるよ………」


よよよ、と涙を流す若い魔法師の肩や背中を、励ますかのように揃って叩く。


なるほど、第一魔法師隊は信頼関係を相当積んでいるらしい。なんともアットホームな私の職場である。


「サルトルさんでも一分でぼろぼろの雑巾みたく放り出されますからね。凄いです、フィオラさんは」


「なんかその言い方癪に触るからやめろ!」


そんなやり取りを見ていたユリィはぷるぷると肩を震わせ、我慢ならないというように口を開いた。


「ここは怪我人が来る場所です! 雑談場所じゃありません!!」


雷でも落ちそうなユリィの勢いに、サルトル達は慌てて救護室から出ていった。


「まったく………」


はあ、とユリィは大きくため息をつく。


その間、これに乗じて私も救護室から出て行こうと画策するが、それを見越したユリィががっちりと肩を掴んだ。逃亡失敗である。


「どこへ行くんですか? フィオラさん」


「ええっと………」


「打撲に切り傷、いーっぱいあったんですよ? それに軽い骨折も。どうせ魔力もほぼ使い切っているでしょうし、今日一日はここで安静にしてもらいます」


ユリィは薄緑の髪を揺らし、にこりと黒い微笑みを浮かべた。




そうして日が沈んだ頃、救護室という名の監獄から解放された。


「お大事に、フィオラさん。また来てくださいね!」


治癒魔法師としてあり得ない彼女の言動に乾いた笑いを零す。


「ではまた、ユリィさん」


にこにこしながら私を見送るユリィを背に、そそくさと歩き出した。


廊下を進んでいたその時、『夕方に食堂が開くので、それ以降は各々で食事を取ってもらいます』というエレノールの言葉を思い出す。


「ご飯だ! やった!」


エレノールに勝負を持ち掛けながら敗北し、ユリィによってベッドに拘束されて散々だった私の心に光がさす。


しかし肝心なことに、その食堂の場所が分からない。


エレノールによる建物案内の途中で救護室送りになってしまったため目的地が分からず、私は1人食堂を目指して彷徨い歩いていた。


食事の時間だからか、誰かに聞こうと思ってもすれ違う人は1人もいない。ユリィの元へ戻ろうかとも考えたが、その道ももはや分からなくなっていた。


つまり、完全なる迷子である。


どうしよう、と困り果てていると廊下の先から私に手を振る人影が見えた。


「嬢ちゃん! ここに居たのか!」


「サルトルさん!? どうしてここに」


駆け寄って尋ねると、彼は人当たりの良い顔を緩めて言った。


「ほら、嬢ちゃんは今日が初めてだから食堂の場所も分からないんじゃないかって、皆で話してたんだ。それで俺が代表で嬢ちゃんを迎えに来たって訳だ」


じん、と胸が温かくなる感覚に襲われる。


救護室の一件から分かっていたが、やはり第一魔法師隊は優しい人達の集まりなのだと実感する。………ただ1人、エレノールを除いて。


すました顔の彼を思い出す。


顔が整っていることは認めるが、しかしそれにしたって性格がひん曲がり過ぎているように感じる。………いや、あの顔とあの性格でようやく釣り合いが取れているといっても過言ではないのではないだろうか。


「ありがとうございます、サルトルさん。皆さんにも後でお礼を言わなくてはいけませんね」


「いやいや、俺達は礼を言われる程のことはしてねえよ」


そう笑っていったサルトルにつられて私もはにかむ。


彼と並んで食堂へ向かうと、中は既に人で溢れかえっていた。


「あ、サルトルさん帰ってきたー!」


食堂の席の一角を確保していた第一魔法師隊の面々が手招きする。


「サルトルさん遅いですよ!」


「悪い悪い」と謝るサルトルの横で慌てて説明する。


「私が迷子になってしまって………遅くなったのはサルトルさんのせいじゃないんです、私なんです」


すみません、と頭を下げるが、みな首を振る。


「いーのいーの、大して待ってないし、全然気にしてないから」


「そうですよ。それに、そんなことより早くご飯にしませんか? せっかくのご飯が冷めちゃいますよ」


そう言って1人が空いている席に置いてある、食事の載ったプレートを指す。その料理からは食欲を駆り立てる良い匂いと、ほかほかとした湯気が昇っていた。


「そうだな、冷めない内にさっさと食うか」


サルトルが座った席の隣に、私も座る。


いただきます、と食事の挨拶を揃えた後、それぞれが料理に箸を伸ばした。


「………っ! 美味しいですね! これも、これも、全部美味しいです!」


まずは一口、と口に運んだ料理は舌が溶けてしまいそうな程美味だった。他のはどうだろうかと頬張ると、どの料理も変わらず美味しい。


それを見ていたサルトルが得意げに語る。


「だろ? ここの料理人は天才揃いなんだぜ!」


これが毎日、毎食食べられるとは天国か。


美味しい料理を食べられるなら、このままここに居てもいいかもしれないと思ってしまう。


………って何考えてんの!


はっとしてふるふると首を振った。


よく考えるのよフィオラ、と自分に言い聞かせる。


この場にいる人達はみんな私の敵。今は仲良くお喋りしているけれど、それは一瞬、今だけ。


ぎゅっと目を閉じると、食事の喧騒が遠くなる。


セイラスの呪いを解いて、私個人の目的を果たしたら森へ帰る。そしたら彼らは皆、私の敵。


セイラスやエレノール、サルトルが私に攻撃してくるところを想像する。


そうなった時、私は自分のためにも彼らに刃を向けなくてはならない。躊躇わない為にもそれを忘れるなフィオラ、と胸に刻んだ。


ぽつり、と小さな穴が空くような感覚がする。それがなんなのか理解する前に、それを埋めた。


「ところで、フィオラさんはどうしてその歳からそれだけの魔法を? 見たところ、13歳くらいですよね」


「私は小さな村に住んでたんです。辺境の、本当に小さな所に。けれど、森から出てきた魔物によって村がなくなってしまったんです」


私の言葉にしん、とその場が静まり返る。


ちなみにもちろんこれはでっち上げである。同情の視線を向ける皆には心苦しいが、仕方ない。


「それで、孤児院にいながら魔法の練習をしていたら、エレノールさんが私を拾ってくれたんです」


しんみりと語った私を前に、何人かは鼻をすすった。


「う、うぅ………なんて壮絶なんだ」


1人がそう零す。


門番といい、彼らといい、騙されやす過ぎではないだろうかここの人達は。


「ちなみに、何の魔物だったんですか」


「ファ、ファイアウルフ………です」


想定していなかった質問に一瞬固まるが、何とか絞り出す。


その瞬間、再び静寂が訪れる。


原因が分からないそれに、私は周りをきょろきょろ伺いながら動揺する。


そんな中、静寂を破ったのはサルトルだった。


「大丈夫だ。別に俺はもう気にしてない………いや、気にしてない訳ではないが、こんな事にいちいち反応なんかしねえよ」


彼の言葉に私は自分の発言を後悔した。


恐らくサルトルは過去にファイアウルフと何かしらあって、それを知っている第一魔法師隊の人達は口を噤んだのだ。


「嬢ちゃん、気にするな。お前は何も悪いことなんてしちゃいねえよ」


そう言い、サルトルはぐりぐりと私の頭を撫でた。


「新人の初めての飯だってのにこんな湿っぽい雰囲気でどうする! 嬢ちゃん、どんどんお代わりしに行っていいんだからな。なんなら俺のいるか?」


そんな風に、彼は無理矢理にでも空気を変えようとする。


そうして再び場に賑わいが戻るが、私はずっと気になっていて仕方なかった。


そこで、食事を済ませ食堂を出た後サルトルの元へ寄る。


「嬢ちゃんか。どうした? 飯足りなかったのか?」


「いえ、違うんです。ただ………」


段々と尻すぼみになっていった私の言葉の先を理解したのか、サルトルは少し困ったように眉を下げ、誰にも気付かれないよう私の耳元で囁いた。


「着いておいで」


そして私は彼に誘われるまま、薄暗く人気のない敷地内の林へとやって来た。


「嬢ちゃんはあの時どうして皆が黙ったのか、知りたいんだろう?」


「はい。………ただ、それがサルトルさんに関わることで、良い話ではないということは分かります。だから、無理にとは言いません。それでも、私は知りたいんです………サルトルさんに、何があったのか」


彼の目を見てまっすぐに告げると、彼はどこか遠くを見つめた。


「………俺は元々、第一魔法騎士隊に所属していたんだ」


「第一魔法騎士隊って、確かセイラスさんの」


「そうだ。俺はかつて、あの人の元で日々腕を磨いていた。………でも、」


苦しげに拳を握るのが見えた。いつもの明るい表情は歪み、悔しさに塗れている。


「でもあの日………俺は、妻を失った」



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