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「『ヴァインスピーナ』!」


「『フラムヴァーグ』!」


無数の黒い茨が私を突き刺そうと迫り来るが、一瞬で全てを燃やし尽くす。しかしまた新しい茨が物凄い速さで私を狙う。


四方から近づく茨を浮遊魔法で飛び、躱す。その間にも氷の槍を生成し、エレノールに向かっていくが茨で簡単に受け止められ、ことごとく破壊された。


それに負けじと更に攻撃を仕掛けるが、それも彼の茨によって軽々と薙ぎ払われる。


「あの茨を対処しながら攻撃を仕掛け………いや無理では!?」


宙を舞い、伸びる茨を避けながら策を練るが一向に思い浮かばない。有効そうな魔法を撃ってはみるものの、どれも決定打には欠けていた。


そして私の魔力は削れていく一方、エレノールは愉しそうに笑っていた。


薄々感じてはいたけれど、彼は化け物みたく強い。()()()()じゃ、確実に勝てない。


「………でも、」


ぎり、と唇を噛む。溢れ出た鮮血に構う余裕など、すでに無かった。


「どうしたのですか? 灰被りの魔女の名が聞いて呆れますね!」


エレノールの挑発に眉が吊り上がる。


「………うるさいですよ! 自分が有利だからって調子に乗らないでください!!」


左手を突き出し、魔力を込める。瞬間、私が発動した魔法より、演習場の中心から爆風が吹き荒れる。自分さえも吹き飛ばされてしまいそうな威力で、エレノールに関しては茨の操作を止めて魔法障壁を展開していた。


「はっ、はあっ、」


やがて爆風は止み、演習場には土埃のみが立ち上がる。私にはもはや魔法1つ打つ気力も残っておらず、地面に膝をつき肩で息をしていた。


近付く足音に顔を上げると掠り傷一つないエレノールが私の前に立ち止まり、見下ろす。


「まさかここまで軟弱だとは思いもしませんでした。とんだ期待はずれですね」


「勝手に期待した癖に失望したなんて。おかしなことを言うんですね、エレノールさんは」


まだまだ言いたいことはあったのだが、疲労で身体が鉛のように重くなっていくのを感じ口を閉じる。


今の私には、この場で倒れずにエレノールと対峙することが精一杯だった。


「相変わらず口だけは回るようで」


片眼鏡の奥で、紫紺の瞳が光った。


その瞬間、逆光で誰かは分からないが、エレノール目掛けて剣を振り被る人影が見えた。それを察知したエレノールが寸前で振り向き、躱す。


「どういうつもりです………セイラス」


「それは俺が訊くことだ、エレノール。お前は一体何をしている」


私を庇うようにして立ったセイラスの、地を這うような低い声に緊張がはしる。彼の後ろにいる私でさえ、冷や汗が流れた。


「なぜ、フィオラを殺そうとした」


「殺す? ご冗談を。ただの戯れですよ」


セイラスの問いに動揺することなくエレノールは答えた。


「それに彼女が私に言ったのですよ? かかってこい、と」


正論すぎる正論に押し黙る。ただ、あの時はこんな無様な負け方をするとは思ってもみなかったのだ。


それはすなわち、完全なる侮り。私は彼を舐めていた。


完全なる敗北を噛み締め、この感覚を忘れてはいけないと地面に爪を突き立てた。


そんな私を背に、セイラスはエレノールを非難する。


「だとしても度が過ぎているだろう。少しは加減したらどうだ」


「しましたよ、十分。ただ、私が想像していたよりも彼女が貧弱だっただけです」


片眼鏡の埃を拭き取りながら言うエレノールの言葉を呑み込む反面、拳を一発かましてやりたいという思いが交差する。


………駄目だ我慢できない。殴ろう。


せめて一矢報いようと立ち上がる。しかしそれは叶わぬまま、ふらりと世界が傾いた。


「っ、大丈夫か」


地面と危うく口づけする寸前で、セイラスが私の身体を抱きとめる。目の前の整った顔立ちに早鐘を打つ呑気な心臓を、出来ることなら魔法で撃ち抜いてやりたいとさえ思った。


なんて非常識なんだ、私の心臓は。


荒ぶる私の心情とは裏腹に、セイラスはエレノールを冷たく見据えていた。


「エレノール、お前のことは後だ。俺はフィオラを運ぶから、この場の収拾はお前がしろ。いいな」


「………御意」


セイラスによって抱き抱えられる中、事態の収拾へと動くエレノールに視線をやる。先程まで彼が発していた圧は嘘のように消え失せ、他の魔法師と障壁の修復に勤しんでいた。


「こんな所まで………凄まじいな、あいつの魔法は」


私の魔法によって切り裂かれた茨が爆風によって演習場の外にまで運ばれたのか、地面に落ちていたそれを見て呟く。


「紫紺の瞳、茨………」


ぼろぼろと崩壊していく茨を見て、もしかしたら、と眉を寄せる。しかし、そんな馬鹿なという心の声によってそれは霧散する。


「どうした、どこか痛むのか?」


「………いいえ、なんでも」


珍しく気遣うような声色で尋ねたセイラスに首を振る。確かに身体のどこもかしこも痛いが、唇を噛んで耐える。


私も治癒魔法を使うことが出来るのだが、エレノールとの衝突によって、残っている魔力が足りないのだ。情けない。


「すまない、俺も治癒魔法が得意でなくてな」


「治癒魔法を扱える方は魔力持ちでも一握りです。使えないのが当たり前のようなものですから、そう気を落とさないでください」


この際、私がその治癒魔法を使えることは黙っておくことにする。





「団長がここに来るとは珍しい。どこかお怪我でも………ぎゃー!」


治癒魔法師であるのだから傷など慣れているだろうに、セイラスによって連れてこられた救護室に居た彼女は悲鳴を上げた。


「ど、どどど、どうしたんですかこの子の怪我! 訓練にしてはちょっと………だいぶ過激な傷ですよ!?」


「彼女はエレノールが掘り当てた期待の新人でな。初めての手合わせであいつが加減を間違えたんだ」


期待の新人という言葉に引っかかるがとりあえず置いておく。


「スパルタとは思っていましたがこんな小さな子にまで………恐ろしい方ですね」


ぴええ、と謎の鳴き声を発しながら彼女は治癒魔法を発動させる。ぽわぽわとした優しい光りが私の身体を覆った。


「彼女の傷は残ってしまうのだろうか」


「ご心配なく! このユリィにお任せいただければ、つるつるのたまご肌にしてさしあげます!」


ユリィと名乗った女性は、ふふん、と得意げに鼻を鳴らした。


すると彼女が宣言した通り、傷が治った箇所は艶のある肌に生まれ変わっていた。


「す、凄いですねこれ! 美容魔法とか言って売り出せばかなり儲かるのでは!?」


「ええ、そうでしょうとも! なぜなら、わたくしユリィは治癒魔法の天才なのですから!」


ほぉ、と感嘆の息を吐きながらつるすべになった肌をさする。ユリィはそれを満足そうに眺めていた。


その時、私が横たわるベッドの脇で椅子に座っていたセイラスが立ち上がる。


「フィオラはもう大丈夫そうだし、俺は演習場の方に戻る。また何かあったらここからすぐに呼べ。いいな」


「はい、分かりました」


「………いいな?」


「分かってますってば」


そうして何度も念を押し、ようやく立ち去ったセイラスの後ろ姿を見送る。


治癒魔法で傷が治り切った私の前で、ユリィは口の端を持ち上げながら言った。


「フィオラ、と呼ぶんですね。あなたのこと」


「? フィオラとは私のことですから当然だと思いますが………」


「そうじゃなくて!」


突然声を荒げたユリィにびくりと肩を揺らす。


「セイラス団長、騎士団の女性の方には『殿』とつけて呼ぶんですよ。例えばわたくしのことも『ユリィ殿』って」


「はぁ………」


「でも、あなたのことは『フィオラ』って呼び捨てするんですね。今日が初日と聞きましたが、元々知り合いだったんですか?」


ユリィの問いかけに、私はしどろもどろになりながら言葉を詰まらせる。


それをじっと見ていた彼女は、ふいに窓の外を見た。


「まあ、まだ子供とはいえ誰にだって知られたくないことの1つや2つ、あると思います。………だからそう、困ったような顔をしないでください」


そう言って薄く微笑んだユリィが私の頭をするりと撫でる。


ああ、癒しだ。王都に来てから初めて癒しを摂取した。生き返るー。


子供扱いには少々不満を感じるが、黙って彼女のなでなでタイムを堪能する。


「まだ子供なんですから、甘えて良いんですよ」


ごめんなさい、ユリィさん。実は私、200歳なんです。


とは言えなかった。


「もう立ち上がれそうですし、私も行きますね。ありがとうございました、ユリィさん」


名残惜しいが行かなくては、とベッドから脚を下ろす。


「………えっ、どこに行くんですか!? 傷は塞がったとはいえ、安静にしてないと駄目ですよ!?」


私の言葉に弾かれるようにユリィがこちらを見る。


「エレノールさんの所へ行きたいんです」


「でも、セイラス団長はあなたをここで休ませていくつもりだったようですし………」


『また何かあったらここからすぐに呼べ。いいな』


彼の声のまま、脳内でそのセリフが再生される。


うーん、でもエレノールさんはこっぴどく叱られそうだし、また攻撃してくることはないだろうけどなあ。


おろおろと慌てるユリィの前で唸る。その間にもユリィは私の制服の袖を掴み、ベッドに連れ戻そうとしていた。


しかし、私に負けないくらい細い彼女の腕では不可能。


「それじゃあ、行きますね」


「わー!! 待ってくださいよお!」


ずるずると私に引き摺られながらも決して掴む手を離さない。


案外強情だな、彼女は。


そうして何とか救護室の扉に手をかけ、ドアノブの扉を捻る。その瞬間、開いたドアの隙間からどさどさと人がなだれ込んできた。


「な、何ですかあなたたち!?」


ユリィはさっと私の背後に隠れ、怯えるかのように私の肩を掴み震える。


そんな彼女を子猫のようだと思いながら救護室に流れ込んだ人達の顔を見て、あることに気付く。


「あれ? 第一魔法師隊の………」


驚いたように呟いた私に、1人が輝くような笑みを浮かべた。


「おお! 覚えてくれてたのか嬢ちゃん!」


「サルトルさんは癖が強いので、印象深かっただけなのでは………?」


「はは、言えてる」


1人の男を皮切りに他の魔法師達も次々に口を開く。


「それにしても嬢ちゃん、副団長とまともに闘り合えてたな! 大した腕じゃねぇか!」


ばしばしと肩を叩く彼に「どうも」と訳の分からないまま返事をする。


「さっきは名乗れなかったからな、ここでさせてもらうぜ。俺はサルトル・ニコラス。第一魔法師隊の二番手だ。これからよろしく頼むぞ、嬢ちゃん!」


「よ、よろしくお願いします………」


こうして、私は救護室で再び第一魔法師隊の面々と邂逅を果たすのだった。




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