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「模擬試合、やめ!」
そう口にすると、剣戟や魔法攻撃が一斉に止む。
「少し休憩にしよう。各々きちんと体を休めるように」
そうして騎士達は地面に座り込んだり水分を補給したりと自由に動く。自分も額に浮かぶ汗をぐい、と腕で拭った。
それにしても、とエレノールとフィオラの姿を思い出す。あの2人は少し見ない間に随分と距離を縮めたように見えた。本人達は否定していたが。
まあ、フィオラが呪いを解くまでの間は魔法師として騎士団に滞在することになっているし、親しくなるに越したことはないだろう。
初対面の時の様子から、2人が良好な関係を築くのは難しいかもしれないと思っていたが、それは杞憂だったらしい。
心配事がまた一つ減った、と安堵していると向こうの演習場の方からぶわりと魔力が立ち上る気配がした。
この魔力量………エレノールだろうか。
部下から貰ったタオルで汗を拭き取りながらそう考えていたその時、慌てた様子で1人の魔法師が駆け寄って来る。青い顔をして時々足をもつれさせながら走るその姿に、只事ではないと悟った。
「どうした!?」
「団長! そ、それが………副団長、と、あの子、が………!」
「落ち着け。ゆっくりでいい、ゆっくりだ。深呼吸をしろ」
走ったせいか、息がつまるその魔法師を座らせて背中をさする。
「おい、何が起こった」
異変を感じ寄ってきた部下の1人に尋ねるが、さあ、と首を傾げるばかり。
その間にも、向こうの演習場から感じられる魔力は膨張していく。
………おかしい。
エレノールの本気を見たことがある訳ではないので断言は出来ないが、何かが違う。あいつの魔力はこんなに空気をひりつかせるものではなかったはず。
その瞬間、急激に増大し始めたもう1つの魔力とそれが衝突し、空気をびりびりと震わせた。
この演習場を囲む魔法障壁が揺れる。部下達はその魔力に圧倒されたのか、膝をつく者もいた。
「これは、何だ………?」
立ち上がった時、俺の元へやって来た魔法師が汗を垂らしながら、言った。
「副団長、が、新人、の女の子を、攻撃っ、して………!」
「………っ、くそ!」
瞬時に走り出し、膨大な2つの魔力がぶつかり合う演習場へと向かう。その途中、そこから逃げ出して来たのだろう魔法師たちとすれ違う。
あの魔法師が言う女の子とは十中八九フィオラのことだろう。あの2人の組み合わせには不安だったのだが、俺の杞憂ということで片付けたそれは正しかったらしい。
ちっ、と舌打ちをする。それは、本当は気付いていたのに知らないフリをしていた自分への苛立ち。
エレノールが向けていた、フィオラへの視線。
あいつが向けていた………………殺意を。
エレノールは短気な人物では決してない。それなのに、フィオラの発言にここまで怒りを露わにするとは思えなかった。
恐らく、エレノールがフィオラに何かとつっかかる原因は他にあるのだ。
演習場に近づくにつれ、ドン、ドォンと地響きが大きくなる。それ程強力な攻撃が止むことなく放たれているのだろう。その惨状を想像し、走る足に一層強く力が加わった。
「っ、何をしている! 早くそこから離れろ!」
駆けつけた演習場の側には、何人かの魔法師達が血の気が引いた顔で中の様子を伺っていた。
「団長! で、でもフィオラさんが………」
びしりと障壁に黒い茨が叩きつけられたその瞬間、ぴしぴしと魔法が綻んでいく気配がする。
「まずい、障壁が………」
壊れる、と言おうとしたが、その言葉は突然の爆風によってかき消された。