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「………っ。なる、ほど」
事の顛末を聞いたエレノールは眉間に手を当て俯いていた。
エレノールはセイラスの悪夢のことは元々気にかけていたようで、王宮治癒魔法師に診てもらうよう勧めたのも彼だったらしい。そしてその呪いの解呪は難しいことも治癒魔法師から聞いていたらしく、頭を悩ませていたとのこと。
「それで、2日かけて灰被りの魔女………フィオラさんを捜し歩き、連れ帰って来たということですか」
眉を寄せてそう言っていたエレノールが、はっとしたように私を見る。
「そういえば私の自己紹介がまだでしたね、失礼しました。私はエレノール・センテンベルグ。コルテヴィア王国魔法騎士団の副団長を務めています」
すっと差し出された手に一瞬困惑するが、握手だと気付いてこちらも右手を差し出す。
「それにしても、よく私の居場所が分かりましたね。稀に厄介な輩が来訪するので、これでもかなり居場所がばれないよう気をつかっていたのですが」
セイラス向かって告げると、迷うような素振りを見せた後ゆっくりと口を開いた。
「………ミズ・マノリアに聞いた」
セイラスの言葉に、エレノールの目が見開かれる。私はというと、ソファから勢いよく立ち上がった。
「マノリアですって!? 彼女は生きているの!? どこで!?」
「落ち着け」
セイラスの襟元を掴み、がくがくと揺らすと彼に手首を掴み返され制止される。私は自分を落ち着かせるように息をつき、そっと襟元から手を離した。
「マノリアは現在、王宮の地下で秘密裏に隔離されている。傷付けられたりはしていないし、それなりに良い暮らしをしているから安心しろ」
彼の言葉を受け、私は黙ってソファに座り直す。
「………マノリアは私の古い友人で、たびたび交流があったのだけれどいつからか姿を見なくなったんです。だからてっきり、亡くなったのかと思って」
安堵の息を吐きながら、ぽつぽつと語る。それを2人は何も言わずに聞いていた。
「ただ、その隔離されている空間にどうやって忍び込んだのかは謎ですがね」
「安心しろ。警備の者から少しばかり鍵を拝借したまでだ。全く問題ない」
それは問題アリでは?と言いたくなる口を縫い止める。エレノールに関してはもはや何か言う気力もないようだった。
「ミズ・マノリアは茨の魔女の名を持つ魔女。魔法について数多の知識を持ち、長く生きる彼女ならば呪いについて何か知っているのではないかと思ってな」
そう語るセイラスに、急かすようにエレノールが口を開く。
「それで、ミズ・マノリアから何を聞いたのです?」
セイラスは思い出すかのように瞼を閉じ、ゆっくりと開ける。
「………私にも、誰にも、この呪いは解けない。でも唯一、可能性を持つ人物を知っている」
そしてセイラスは私の方を見て、言った。
「灰被りの魔女。あの子ならば、と」
セイラスの言葉にエレノールは首を傾げた。
「ですがどうして彼女のみが可能なのでしょうか。失礼を承知の上で言わせていただきますが、彼女は子供ですし、ミズ・マノリア以上の実力を持っているとは到底思えません」
きっぱりと言い切ったエレノールをじとりと見上げる。私の些細な反抗に、彼は申し訳なさそうにそっと目を逸らした。
「とにかく、マノリアがそう言ったのならそうなんでしょう。それに子供だからと舐めてもらっては困ります」
ユードレシアとの契約の話を出されては面倒だ、と無理やり話を進める。
「現状、呪いの詳細すら不明ですので、そこから探るとなるとかなりの時間がかかると思われます。ですので、セイラスさんの意向によりしばらく騎士団でお世話になることになったのですが………」
ちらり、とエレノールの様子を伺うと、彼は肩を震わせていた。今までの彼の行動からして私の受け入れを反対するのではないかと思ったのだが、案の定だった。
「魔女が騎士団に身を置くなど、前代未聞です!」
「前例がないだけだろう? ならば今その前例を作ればいいだけだ。それに解呪が終わり次第、彼女は森へ戻る」
「だから、そうではなく………!」
2人の間で交わされるやり取りはお互い譲ることなく進む。私はそれをぼーっと静観していた。
そして決着がついたのはその15分後。結果はエレノールの降参により勝敗が決まった。
「………っ、もう結構です! 貴方と話していてもキリがない。どうぞお好きに」
ぼすん、とソファに身を預けたエレノールにセイラスは満足そうに頷いた。
「というわけだ、フィオラ。君は俺の呪いの解呪が終わるまで騎士団の建物で過ごせ」
「承知しました。ですが、私はその間どういう名目で滞在すれば良いのですか?」
「そうだな………」
そこまで考えていなかったのか、セイラスは顎に手を当てて考え始める。口実すらまともに考えていなかったのか、と彼の見切り発車癖を理解する。
それに対して、エレノールは「いつものことです」と表情を変えずに言っていた。
「先程見張りの兵に言ったように、知り合いの子供を預かるという体はどうだ?」
「それは………少し無理があるのでは? 普通騎士団に子守りをお願いすることはまずありませんし」
「でしたら、魔法師という形はどうですか? 立場上、日中は訓練等に参加してもらわなければいけませんが、怪しまれることはほぼないかと。それに魔女であればちょっと魔法を使うくらい朝飯前でしょう?」
まるで私を煽るかのような言い草にかちんと頭にくる。
この男の挑発に乗ってはいけない、という事を頭では理解しているのだが、私の意思に反してぺらぺらと口が回りだした。
「えぇ、もちろんそれくらい余裕です。なんなら魔法師のエース、いえ、トップにだって上り詰めてやります」
はっ、と鼻を鳴らし、ソファに座るエレノールを見下ろす。一見堂々と振る舞っているが、その裏では悲鳴を上げていた。
ちょっと何言っちゃってんの私ー! そんなん簡単になれるわけないでしょ!? 何してるの!?
私の言葉を受け、ふふ、とエレノールの唇は弧を描く。
「おやおや、私を凌いで最優の魔法師の座を狙おうとは、素晴らしい野心をお持ちのようで」
「ですが、」とエレノールは続ける。
「そう簡単に蹴落とせるとは思わないことですね。ま、せいぜい頑張ってください」
片眼鏡を押し上げ、笑みを浮かべたかと思うと一瞬で消え去った。転移魔法を使ったのだろう。
エレノールが姿を消した瞬間、張り詰めた空気が緩み、がくりと床に膝をついた。
「ま、魔王だ………あいつ、魔王なのよきっと」
「何を言っている」
「だって、目笑ってなかったんですもん! 頭から角生えてましたよ!? ほんとに!」
第二の魔王エレノールの恐ろしさを伝えようとセイラスに語ると、彼は同情したように私を見つめる。
「まあ、その、なんだ………気を強く持て」
その傍らで、脳裏には過去の私の数々の発言が浮かんでいた。
『もちろん、それくらい余裕です』
『魔法師のエース、いえ、トップにだって上り詰めてやります』
それに加えて、エレノールの言葉もよぎる。
『おやおや、私を凌いで最優の魔法師の座を狙おうとは、素晴らしい野心をお持ちのようで』
………待って、これってもしかして、
「私、エレノールさんに直接喧嘩売っちゃった………?」
私が零した一言に肯定するかのように、セイラスはぽん、と肩を叩いた。