表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

2



彼の言葉に私は思わず眉を寄せた。


「呪いって………」


そんな馬鹿な、と言いたくなる私にその男は告げる。


「王宮治癒魔法師の診断によるとな」


「呪いなんてよっぽど術師が優秀でないとかけられはず………ん? 王宮治癒魔法師?」


呪い、王宮治癒魔法師。


情報過多で頭がフリーズする。


「あぁ、自己紹介がまだだったな。失礼、俺はセイラス・ヴェングリッド。王国魔法騎士団の団長を務めている」


「きし、だんちょ………?」


彼のローブからチラリと覗く、胸元に輝く徽章によくやく気付く。コルテヴィア王国魔法騎士団団長のみが身につけることができる名誉の証。どうして気が付かなかったんだ、と頭を抱えた。


………でも、ずっと森に引き籠もってたんだから母国の騎士団の制服とか忘れててもしょうがなくない? うん、そうだよね不可抗力。


そう考える中、私の胸に形容しがたい不安がよぎる。


王宮治癒魔法師なんてかなりの腕前。そんな人に診断だけしてもらって治療はされなかった、なんてことないはず。これはもしかすると、王宮治癒魔法師には解呪が出来なくて魔女()を頼った可能性が高い。


そのことに気付いて、ゆっくりと男を見上げる。


もしかすると面倒事に関わってしまったかもしれないと後悔したがもう遅かった。




『道端で困っている人がいたら必ず話を聞きなさい』というのが、私が慕う姉の教えだった。


それに則り、話だけは聞こうと決める。


「どうぞ。狭いですが」


「失礼する」


事の説明が長くなりそうだったで、ひとまず目の前に丁度良く佇む私の家にお邪魔することに決定した。


本当は嫌だったけどね!? すっごく嫌だったけど!


気を抜けば口から出てしまいそうな本心をぐっと押し隠し、長方形の木のテーブルを挟んで向かい合わせになるようにして座る。


「まずは自己紹介から。私はフィオラと申します。呼び方は魔女でも名前でもどうぞご自由に」


ぺこりと頭を下げると、彼もそれに合わせて頭を下げる。


互いの自己紹介も済み準備が整ったところで、早速本題に入ろうと口を開こうとしたが、騎士団長ことセイラスの方が早かった。


「あまり人の都合に首を突っ込むことは良くないと理解しているが、その………君は子供でありながら魔人と契約したのか?」


眉を下げ、少し不安そうに尋ねる。


気になるよね分かるその気持ち。どうして子供が魔女やってるのかって。私も同じ立場だったら聞きたくなるよそりゃ。


「これでも一応、れっきとした魔女です。姿は子供ですが、年齢は200前後。しっかり年を重ねたババアですのでご安心を」


「………なるほど」


つらつらと答えると、まだ何か聞きたそうであった彼を無視して半ば強引に話を始める。


「それで早速ですが、王宮治癒魔法師の方によって診断されたとのでしたよね?」


確認のつもりでそう尋ねると、セイラスは「あぁ」と頷いた。


「少し前から同じ内容の悪夢をずっと見続けるようになって、寝不足が目立つようになったんだ。それで治癒魔法師に相談した結果、呪いではないかと」


「その悪夢とは?」


「それが………」


セイラスは途端に苦々しい顔をした。眉は歪み、長い睫毛は伏せられる。


「女が、出てくるんだ」


「女? 女絡みの過去の失態を思い出し、勝手に悪夢を見ているだけでは?」


「違う! 俺は断じてそんなことなどしていない!」


見る者を魅了する黄金の瞳に、艶のある藍の髪は濡れたような色気を放つ彼を前に、思わず半眼になりじっと見つめる。疑いの視線に彼は「本当だ」と返した。


「毎日毎日、夢に同じ女が出てくるんだ。顔の見えない、知らない声の女が」


夢の中の出来事を思い出したのか、大きくため息をついていた。


「同じ夢、ですか。ただ、この情報だけではその悪夢が呪いによるものなのか断言出来ませんね。確実に女性から恨みを買っているのならば別ですが」


「誰かに呪いをかけられるほど魔法を扱えて、かつ俺を恨んでいるような女性の知り合いなどいない」


きっぱりと言い張ったセイラスに、私は真剣な表情で告げる。


「呪いは魔法を行使できない、魔力を持たない人でもかけることが可能なんですよ」


私の言葉にセイラスは目を見開く。


「呪いは2種類あって1つは一般的に知られている、魔法を利用した呪い。もう1つは純粋な恨みによるもの。後者は滅多にないですが」


「そうか………」


納得していないのか、不満げにそう言った。


確かに、彼に心当たりがなさそうなこの様子だと本当に呪いがかけられている可能性が高い。それも意図的な、魔法による類の。


彼に呪いがかけられているかを直接診断する方法はあるのだが、面倒事に巻き込まれたくないという本心が私を迷わせる。


相手が相手でなければさくっと診て解呪をするつもりだったんだけど。


魔女は魔人から魔力を得ているという背景により、大多数の人間は魔女を敵視している。それは一個人としてではなく、国を主導に。


魔女はその強さから国にも危険視されており、よっぽどの事が起きない限り問答無用で殺されることはないが、保護という名目で囚われ、監視される。そしてそれを行うのは主に騎士団。つまりこの男は私の敵なのだ。


この男が仲間を連れてきているという可能性も否定出来ない。友好的に接して解呪をさせた後、捕らえに来る作戦かもしれない。さて、どうするべきか。


迷った末、私は決断する。


仮に騎士団に攻め込まれたとしても追い返せばいいだけ。パワーisパワー。力は力なのだ。


自分でもよく分からない持論を掲げ、セイラスを見据える。


「………セイラスさん。少し手を」


「? あ、あぁ」


不思議そうに差し出されたセイラスの手をきゅっと握る。訳が分からないまま握られた手に彼は動揺して椅子から立ち上がろうとしていた。


「っ何を」


「静かに。動かないで」


私の真剣な様子にセイラスは大人しくなる。


それを確認して、自身の左手から魔力を流しセイラスの肉体に奔らせる。もし本当に呪いがかけられているのであれば、どこかに術式が隠れているはず。


自分の体に別な人間の魔力が流れているのが気持ち悪いのか、セイラスは時々うめき声を上げていた。


その時、流れている魔力に小さな引っ掛かりを感じる。そこを集中して探っていると、一瞬ぞわりと全身の毛が粟立った。


………何、これ。


異様な気配に動揺して目を見開く。幸いセイラスはそれに気付いていなかった。それに安堵し、再び魔力を流す。その最中、私の指先は絶えず震えていた。


さっきの感覚、知っている気がする。確証はないけど、()()()と同じ。


一度冷静さを取り戻そうと深く目をつむる。まずはセイラスに伝えなければ、と逸る心を落ち着かせた。


「………手、戻してもらって大丈夫です」


ゆっくりと手を離し、告げる。


「結論から言うと、私では解呪できません。というより、この世の誰にも解呪は出来ないでしょう」


「誰にも解呪出来ないという証拠は?」


かなりショッキングな事を言った自覚はあったのだが、それに彼は動揺することもなかった。その姿に少しだけ感心する。


「まず大前提として、解呪の方法はご存知ですか?」


「治癒魔法師から聞いた。解呪は呪いをかけた術者を上回る魔力量を持つ者が可能だと」


「ええ、その通りです」


「君が解呪を出来なかったとしても、魔女である君以上の魔力量を持つ者がいるはずだ。それこそ、他の魔女とか」


「いいえ? そんな人、絶対にいません」


自身たっぷりに答えた私に、セイラスは怪訝そうに眉を顰めた。私が嘘をついている、とでも思っていそうな彼の反応に、苛立ちを抑えた笑みを浮かべて口を開く。


「私と契約したのは、()()()()()()()()ですから」


「ユードレシア、だと………!?」


あり得ない、とでも言いたそうなセイラスの表情に、内心勝った!と叫ぶ。魔女を疑った罪は重いぞ。


「魔人ユードレシアは過去に魔王とも呼ばれていた方。騎士団に所属するあなたならご存知でしょう? あの圧倒的な力を」


「………灰被りの魔女、お前がこの魔王の森と呼ばれるようこの場所に住み着いているのは契約者がユードレシアだからなのか?」


驚愕の色を浮かべるセイラスに、小さく頷く。


「あくまでイメージの話ですが、一般的な契約では、魔人は魔女に魔力を生成することが可能な、容器のような物を与えるのです。魔女はその容器の魔力を使い切ってしまえば、また貯まるまで魔法を行使できない」


興味深そうに耳を傾けている彼の前で、「けれど」と私は続ける。


「私とユードレシアの契約は少々異なっていて、彼はこの森から私に()()()()()()()()()のです。ですから、私は魔女になってからずっとこの森に居座っているのです」


「ならば、君はこの森から離れることが出来ないのか?」


「そんなことはありませんよ。ただ、この森から供給し続けるという仕組み上、ここに居る方が都合が良かったというだけです。この森から離れすぎてしまうと供給が遅くなってしまうので」


そう言うとセイラスは顎に手を当て、考え込んでいるのか唸っていた。しかしやがて顔を上げ、私の瞳を覗く。


「ユードレシアが今も生きていて、この森にいるのかという疑問は差し置いて、君に訊きたいことがある」


「お答え出来ることならば」


「魔人ユードレシアと契約し、魔力を供給してもらっている君が俺の呪いを解呪できない。つまり、術者はユードレシア以上の脅威であるということか?」


かつて魔王と呼ばれた魔人ユードレシアは、圧倒的なその力で世界を混沌に陥れた。それは今もなお語り継がれている。そしてそんな存在以上の脅威があるならば、騎士団を率いる者として黙ってはいられないのだろう。


「解呪が不可能である以上、考えられるかと」


その返答にセイラスは難しい顔をしていた。そして私も彼と同じく、険しい表情を浮かべていた。


ユードレシアと同等もしくはそれ以上の存在がいるなんて信じられない。仮にいたとして、200年生きている私が知らないなんてことはあり得ない。


しかし、セイラスに魔力を流した時を思い出す。私はあの感覚を知っていた。肌がひりつき、得体のしれない恐怖が襲ってくる、あの感覚を。


………まさか、この男の呪いは()()()がかけた?


どくどくと心臓の音が早まる。背中はいつの間にか冷や汗でべったりだった。


たぶん、いや、きっと術者はあいつだ。なら、どうしてこの男に呪いを? 彼とはどんな関係なんだ?


ぐるぐると思考が行ったり来たりする。私の頭は混乱していた。


………落ち着いて。今あの名を出したら、私の過去も知られてしまうかもしれない。なら、今は黙っているべきだ。


すぅ、と小さく息を吸って、吐いて。それを繰り返して自分を落ち着かせる。


200年間、ずっと捜していたんだ。この機会を逃す訳にはいかない。


「………ちなみに、あなたにかけられた呪いを解く方法は他にも存在します。術者である魔人に呪いを解かせる、もしくはその魔人を倒せばいいのです」


「それはほぼ不可能ではないか? 仮に術者を特定出来たとしても、その居場所を突き止めてからでないと始まらない」


はぁ、と頭を抱えたセイラスを強い眼差しで見つめる。


「私がやります。術者とその居場所の特定を」


はっきりと言い切った私に、彼は指先をぴくりと動かす。


「あなたの夢に直接潜り込んで、そこから術者を辿るのです。ただ、それが上手くいく保証はありませんし、準備に時間がかかってしまいますが………」


「本当に、出来るのか?」


私を探るかのような視線に、負けじと返す。


全ては、私の悲願のために。あの日奪われたものを、取り戻すために。


「私が必ず、あなたの呪いを解きましょう」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ