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はじめまして、世良茶々と申します。


初投稿の初心者なので、文章の誤りや設定の齟齬があるかと思います。その辺りは細かく捉えずふんわりと読み進めていただけると嬉しいです。


まずは1章完結目指して更新していくので、皆様お付き合いください。


あの日までの私は、何一つ持たない無力な子供だった。


雲一つない夜空に浮かぶ丸い月は紅く、鬱蒼とした森を照らす中、私はその森を短い手足で駆けていた。


うねうねと伸びた木々の根や蔦が足を捉え、あちらこちらに散在している無数の棘が肌を裂く。


痛い、疲れた。走りたくない。


そう何度思っても擦り傷や切り傷だらけの足は勝手に動く。だがとうに、体は限界を迎えていた。


震えた足によりバランスを崩し、べしゃりと地面に倒れる。なんとか起き上がろうとするも、手に力が入らなかった。


体は泥だらけで、傷だらけ。顔も涙や鼻水でぐしょぐしょ。お気に入りの白いワンピースはあちこち破けていて、胸元を飾る青いリボンはなくなっていた。


まだ齢13の私の胸中で、惨めさと悔しさが交差する。


「なんで………? 私、悪いことなにも、してないのに………」


泣き叫んだことによって、自分で聞き取ることが出来ないくらいに掠れていた。


くらくらと揺れる視界の中、私は死を悟る。ここで死んで、誰にも見つからないまま朽ちてゆく。そんな未来が垣間見えた。


また、なにもできないまま。無力なまま。


耳に残るは魔法が炸裂する音と、それに交じった家族の声。


「フィオラ、いきなさい!」


そうして全てを捨てて逃げた結果が、ただ無様に野垂れ死ぬだけなんて。


「………嫌だ」


ぐぐ、と指先に力がこもる。

立ち上がり、ふらふらとまた走り出す。月明かりだけが頼りの夜の森で、ずっと続く木々の道。


先が見えないその道は、まるで私を闇へと誘うかとのようだった。






「………ん」


ゆっくりと目を開けると、見慣れた天井が見える。愛しい我が家のものである。


ぱち、ぱち、と何度か瞬きすると意識が完全に覚醒した。


「夢、か」


どうやら先程までのおどろおどろしい闇夜の森は現実ではなかったらしい。ベッドから足を下ろして窓の方へ歩く。


起きたらまずカーテンを開けて、顔を洗って、朝ごはんを食べる。それが私、フィオラの一日の始まりである。


「あ、寝癖が………」


子供特有のぷくりとした頬の横の髪の毛が、ぴよんと大きく跳ねていた。水で濡らし、櫛や手を使って必死に直す。


鏡で確認しようと姿見の前に立つと、丸い水色の瞳と灰色の髪の毛が映った。


あまり癖のない、肩まで伸びた灰色。私はこの髪が昔から嫌いだった。


きっかけは学び舎の友人や一部の大人達。彼らは「君の髪はまるで灰を被ったようだ」と言った。


可愛いものや綺麗なものに惹かれていた当時の私には、その言葉はよく効いた。双子の姉は輝くような金髪なのに、と幾度も嘆いたものである。


それ以降、自身の灰色の髪を見る度に顔をしかめてしまう癖ができてしまった。それは今も直っていない。


「周りからもまだそう呼ばれてるみたいだし、慣れちゃったからいいけど」


眉を下げ、少し困ったように笑う。その時、ぐぅ、と自身のお腹の辺りから情けない音が聞こえた。


腹の虫よ。お前は恥というものを知らないのか。


「と言っても、私しかいないけど」


人気のない森の中の小さな木の家で暮らす私には、同居人という存在はいない。一緒に暮らすような家族も。


以前は森で捨てられていた子供と過ごしていた時期もあったが、彼は隣国へ旅立ってしまった。いつかまた帰ってきてくれるだろうか、なんて考えながら朝食の準備を進める。


本日の朝ごはんは昨夜の余りのスープと丸パン。少しばかり………いや、かなり量は少なめではあるが。


スープを火にかけ、温める。ふわりと良い匂いが漂いお腹を刺激した。


「美味しそうだけど………やっぱり少ない」


小さなパンにちょっとのスープ。かなり質素だと思うのは私だけなのか。


スープを器に注いでパンと共にテーブルに並べて、食べ始める。しかし量が少ないが故にすぐに胃の中に収まった。


「………足りない」


くぅ、と腹の虫が再び鳴く。


長期保存の食糧が貯蔵されている棚を覗くが空っぽ。家の中に食べ物は何一つ残っていなかった。


街に下りて何か買おうと思っても、お財布には一銭も入っていない。


そんな現実を前に、膝からがくりと崩れ落ちた。


「うぅ、なんでこんなにお金が無いの………?なんで………?」


くっ、と唇を噛んだ時、ふと思い出す。


「そういえば前に街に行った時………」


『この壺があればたちまち幸せになるよ! さぁ買った買った!』


『高い………けどこれで私も幸せに!』


『この石はどんなものでも探し当ててくれる奇跡の石だよ! 今ならネックレスにしてあげるよ!』


『何ですって!? おじさん私に1つ!』


「なんてことがあったような」


そんな壺は雨漏り用のバケツに。奇跡の石のネックレスは石だけ取り外して火打ち石に。


完全に主な用途から外れてしまったそれらに何とも言えない気持ちになる。


「と、とにかく飲まず食わずじゃ生きていけないし、どうやってお金を稼ぐか考えなきゃ」


そうして作戦会議を開始する………が、大きな壁が立ちはだかる。


「街で働くのが正直一番手っ取り早いけれど、こんな小さい子供雇ってくれるかな」


答えは否。冷静に考えて恐らく不可能。門前払いされるのがオチだろう。


はあぁ、と息を吐いてテーブルに突っ伏す。額と衝突してしまったが気にしないことにする。


「そうだよね、()()()()子供だし。そうそう上手くお金なんて稼げないか」


うーん、と次の案を捻り出そうと唸る。が、いくら考えても何も浮かばない。万事休す。


このままでは飢え死にコースまっしぐら!お先真っ暗!


「うわあぁぁあ! 死にたくないよー!」


頭を抱え天に向かって叫ぶ。正確には天井に向かって、だが。


安心してほしい、私はまだ正常だ。決して空腹で狂ってはいない。


「………あ」


その時、私史上最大のピンチを乗り越える妙案が脳に舞い降りた。ぴたりと動きを止め眉を寄せる。


「いや、でもなあ………それは目立っちゃうしなあ」


むむ、としばらく考え込む。


黙り込んでから数分。意を決したように、がたりと椅子から立ち上がった。


クローゼットから身をすっぽり覆えるローブを取り出し、灰色の髪をフードに全て収める。それからずんずんと玄関の扉に向かって突き進んだ。


そして扉を蹴破る勢いで開け、叫ぶ。


「魔物狩りへ、いざ行かん!」





私が生まれた頃にはとっくに、生活の大半が魔法で補われていた。


日が暮れれば魔法で部屋の隅々までを明かりで満たし、蛇口を捻ると魔法で生み出された綺麗な水が出てくる。


しかし、魔法は時に刃になる。


大勢の人間を巻き込む戦争では魔法が勝敗の鍵を握り、大きな街1つを丸々吹き飛ばすこともあった。それくらい魔法は便利で、万能で、恐ろしい。


それでも私は魔法が好きだ。


だから沢山学んで、練習して、今に至る。




そんな私は現在、家を出て森を1人彷徨い歩いていた。


「目指すは強い魔物! 強ければ強い個体程、魔法石やら素材やらが手に入るし」


そう、私が考えたのは魔物の倒して得た魔法石やら素材やらを街で買い取ってもらう案である。


しかし子供がそれをするのは少しばかり目立つため、本当は避けたかったのだが背に腹は代えられなかった。


「なるべく価格が高い魔物が良いんだけど………」


あわよくば伝説の魔物なんかが現れて一攫千金!なんてね。おっといけない、よだれが出ちゃった。


ぐふふ、と気色悪い笑みを浮かべながらもずんずんと迷いなく進んで行く。


ふんふふん、と鼻歌を歌いながら上機嫌だったが、やがてその足を止めた。


「………お出ましかな」


水色の瞳が見据えるのは、自分の2倍程の大きさがありそうな獣。それは、ざり、ざり、と音を立ててこちらに近づいてくる。


「ファイアウルフ………まだ森の最奥部でもないのに出てくるなんて。私が一般人なら即死だって」


思わず苦笑すると、紅の毛色のそれは金色の目で私を捉えた。


そしてそれが口を開けた瞬間、私は瞬時に魔力を身体に奔らせる。咆哮と共に地面から現れた火柱を回避するが、すぐさま追撃が私を襲う。


何本もの火柱は森の草木を丸焦げにしていた。


「ちょっと! 森がハゲる!」


ファイアウルフに苦言を呈すが、勿論止めることはない。


これ以上広がる前に、と魔法で空高く舞い上がり左手を掲げた。


「『グラススピア』」


ばきん、という音と共に鋭い氷の結晶が形成される。


攻撃されることが分かったのか、ファイアウルフは数多の炎の弾丸を私めがけて放つ。しかしそれが当たるよりも早く、私の魔法は魔物の大きな体躯を貫いた。


どおん、という音と共にファイアウルフが倒れたことを確認して、側に急降下した。


「ファイアウルフ………これは確かに重要討伐クラスに指定される訳だわ」


乾いた笑いを漏らしながら、力尽きたそれをじっと見つめる。


咆哮と同時に放たれるほぼノータイムの火柱。状況に応じて戦法を変える思考力。さらには剣や斧などの物理攻撃をある程度防げる強靭な肉体。


………ファイアウルフ、侮るなかれ。


「さてと、無事倒せたことだし素材を取っちゃお」


ファイアウルフの爪は、その強さ故それなりの価格で取引されていたはず。それにあれだけ魔法が使えてたんだから、魔法石も良い質なのではないだろうか。



魔法石はその名の通り魔力を持った石。


魔力を持つ人間が石に魔力を込めることでも作ることが出来るが、大体の物は魔物が体内で生成する魔法石よりも劣る。そのため、主な入手方法は魔物から頂戴することである。


「もしかしたら、こーんなでっかい魔法石だったりして!」


と、うきうきで解体用のナイフを取り出す。


その時。


背後の方でがさがさ、と茂みをかきわけるような音がした。先程のファイアウルフの番か仲間、もしくは別種の魔物かもしれないと構える。


しかし茂みの向こうから現れたのは藍色の髪を持ち、ローブを纏った長身の男だった。


「………子供?」


その男は少し驚いたように、ぽつりとそう呟いた。


私が住むこの森はちょっとしたいわく付きのような所で、人は滅多に立ち入らない。だからここにどうして人がいるのか不思議でたまらなかった。


無言でこちらを見つめる男に不信感を抱く。


え、こっち見すぎじゃない? 不審者?


ずんずんとこちらへ近付く男に一歩後退る。


この男は只者じゃない、と脳が警鐘を鳴らした瞬間、反射で体が男と反対方向に駆け出した。


………危険を察知!逃げるが勝ち!


ファイアウルフの亡骸を飛び越え、木の根や蔦を避けながら必死に走る。


くそう、まだファイアウルフの解体してないのに!


なんて、逃げながらも呑気にそんなことを考えていたから追いつかれたのだろう。私は不信感満載のその男にあっさりと捕まってしまった。


「いやー! 離して! 変態! 犯罪者!」


「やめろ。俺は変態でも犯罪者でもない」


ジタバタ暴れるが、私が被っていたフードを掴む手は緩まない。魔法を使おうか、とも考えたが「落ち着け」と言う男の言葉にとりあえず従うことにした。


そうして大人しくなった私を見て男はフードから手を離し、私の髪の毛を指し、言った。


「その灰色の髪。お前、()()()()()()だろう?」


その一言に、私の身体は瞬時に氷のように冷たくなる。


魔女とは、この世界に蔓延る魔物を従える()()によって力を分け与えられた存在。理由は不明だが、人間の女性のみが魔人と契約を交わし、その結果膨大な魔力を手に入れた者のことを言う。


しかし魔女は、人々から魔に身を堕とした存在として古来より弾劾されてきた。そのことから多くの魔女は人目を避け、あるいは人に紛れ細々と生活してきた。


そして私もその1人であり、200年間この森で静かに暮らしてきた。


だが時々、魔女の力を利用しようとする輩がこの森に足を踏み入れる。


「………あなたも、私の力を狙う者の1人ですか?」


そう問うと、男は意外にもこくりと頷いた。


「あぁ。俺は、灰被りの魔女の力を借りに、この森に訪れた」


「………そうですか」


それだけ口にして、静かに目を閉じる。


今までの人間は己の私利私欲のためにここへ来た。けれど他の輩と様子が異なり、何やら大人しいこの男は恐らく違う。きっと誰かの為に私の力を求め、ここまで来た。


でも今の時代、大抵の事は魔法で何とでもなる。不治の病とされた病気だって、今や魔法で治る時代だ。親切心で私が何とかしなくてもたぶんなるようになる。


なら、少しだけ脅かして森から退散してもらえばいい。


そう考えた私は瞼を上げて、男の瞳を覗く。


………彼の瞳は息も止まってしまうくらいに、美しい黄金だった。


「力尽くで私を従えようとしないことは褒めてあげます。でも、出て行ってください。この森から」


そう言い、男の前に左手をかざす。その瞬間、彼の姿は忽然と消えた。


それを見て、私はふぅ、と息をついた。


「痛くしたくはなかったから森の手前に転移させたけど、これでもう大丈夫だよね」


まさかまた来るなんてこと、ないだろうし。そう思っていた………その時の私は。




「なんで私の家にいるの!?」


ファイアウルフの解体を無事済ませ帰宅すると、玄関の扉の前にさっきの男が座り込んでいた。


男は私に気が付くと、立ち上がってこちらへ歩いて来る。


「先程ぶりだな、灰被りの魔女。やはりこの家はお前のものだったのか」


何事も無かったかのように淡々と続けるその男を、再び魔法で転移させる。


「なんでここにあの男が? さっきの転移魔法は失敗してここに転移したってこと? ………ううん、失敗なんてありえない。まさか、森の入り口から徒歩でここに来た?」


そんなまさか、と笑ってしまいたくなるが上手く笑えない。


この家は森の入り口から遠く離れており、普通ならば見つけられるはずがない。しかもこんな短時間にここまで来れることはまずない。


「そ、そう! やっぱり魔法が失敗しちゃったんだよ、きっと。へへ、私ってばおちゃめ〜」


その20分後。


「なぜ俺を遠くへ追いやる、灰被りの魔女」


「いやああぁぁぁあ!」


背後からぬっと出現したそいつに、持っていた薪を振り回す。


結構本気で当てに行ったのだが、男はそんな私を不思議そうな面持ちで軽々と避けていた。


ふざけるな。


「何!? 新手の魔物か何かなんですか、あなた!?」


一旦距離を取り、殺意高めの尖った薪を装備しながらそう訊くとまるで珍獣を見たかのような顔をしていた。


ふざけるな。


「いいか、俺は変態でも犯罪者でも魔物でもない。ただの人間だ」


まるで子供に言い聞かせるような姿勢に段々と苛立つ。


その態度に、やっぱりこいつを痛い目に見せてもいいのではないか?と思ってしまう。


「灰被りの魔女、俺は君に頼みがあってここへ来た」


突然の、どこか縋るような声色にどきりとする。話を聞くぐらいはしてやってもいいかもしれない、と警戒が緩んだ。


何もせず黙っている私を見て察したのか、男は決意したかのように、伏せていた目を上げてこちらを見据えた。



「灰被りの魔女。どうか、俺の呪いを解いてほしい」



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