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7.

 約束の時間の十分前。ジャックが男子寮と女子寮の分かれ道に行くと、リビーはすでに待っていた。


「ジャック様!!」

「すいません、お待たせしましたか」


 近づくと、すぐに気づいたようでリビーがぱっと笑顔になった。職務中に着ていたよりもずっとシンプルな、少し開いた胸元に薄い生地のリボンを結ぶ形の淡い水色のワンピースを着ている。ヘーゼルの髪は就業中と同じく高い位置でまとめたままのようだが、髪留めがワンピースのリボンと同じ薄い生地のリボンに変わっていた。大した店ではない、と言ったジャックの言葉を汲んでくれたのだろう、適度にカジュアルな服装が中々似合っている。


「淡い色のワンピースもとてもお似合いですね」


 ジャックがお約束を口にしてにこりと微笑むと「ジャック様も白いシャツがとてもお似合いです!!」とリビーが口を開けて破顔した。見つかれば侍女長に怒られそうな良い笑顔だが、貴族のお約束はきちんと守れるらしい。


「さあ、ジャック様!行きましょう!!」


 ジャックがエスコートをすべきか悩んでいると、くるりと踵を返してリビーがすたすたと歩きだしてしまった。全くエスコートをされようという意識が無いらしい。伯爵令嬢だった気がするのだが、それで良いのだろうか。


「どこへ連れて行ってくださるのですか!?」


 楽しそうに振り返るリビーにジャックはついにふはっと噴出した。本当は、大した店では無いにしろそれなりの店には連れて行こうと思っていたのだが、気が変わった。リビーの隣に並ぶとジャックはにやりと笑って言った。


「そうですね、私とケネスの気に入りの店があるのですが…そこでもいいですか?貴族の御令嬢には少々刺激が強いかもしれませんが…」

「おふたりのお気に入りですか!?ぜひ!!」


 先輩も気に入りますかね!?とまた楽しそうに歩き出したリビーの後ろ姿を見つめながら、ジャックはさて、どうなるかなと少しだけ悪い笑顔になった。


 いっそ馬に乗せて行こうかとも思ったが、酒を飲むと帰りが危ない。自分ひとりなら良いが王妃殿下付き侍女の伯爵令嬢を預かるのだ、さすがに危ない目には合わせられない。素直に乗合馬車に乗り、王都の繁華街へ乗り出した。

 乗合馬車を降りると人で溢れかえる目抜き通りに出る。


「うわぁ、こんな時間なのに人がいっぱいですね!!」


 リビーが目を丸くしてきょろきょろと辺りを見回している。放っておくと迷子になりそうなので、ジャックは苦笑しながらリビーに腕を差し出した。


「リビー嬢、はぐれるといけないので申し訳ないのですが掴まっていていただけますか?」


 ぱちくりと瞬きをしてジャックの顔と腕を交互に見て、そうして周りを見ると「あっ」と気づいたらしく「ありがとうございます」とへにゃりと笑ってジャックの腕にそっと手を添えた。まるで小さな子供のようで、ジャックはまたもふはっと噴出した。


「見えますか?あの赤い看板の店です」


 少しリビーの方へ屈んで指をさす。少し高い位置にある看板は真っ赤な板に立派な角のある真っ赤な牡牛の絵が描かれている。


「牛ですか!?」


 リビーがぱっとジャックの方を振り向いた。今のところさっぱりと引く気配はない。むしろ楽し気に目をきらきらさせる様子にジャックまでどんどん楽しくなってくる。


「そうです、その名も『赤い牡牛亭』」

「そのままですね!?」


 的確な突込みにジャックは声を上げて笑うと、さあどうぞ、と扉を開けてリビーを中へ促した。


 扉をくぐったとたんに外とは違う喧騒がジャックとリビーを包み込んだ。笑い声、怒鳴り声、楽器の音にかちゃん!とグラスのぶつかる音。その全てがリビーには物珍しいらしく、大きな目を更に大きく見開いて呆然と店内を見渡している。


「リビー嬢」


 ジャックがそっと手を掴んで引くときょろきょろしながらもしっかり着いてくる。ジャックは慣れたようにカウンターに手を上げ、そのままリビーを中二階へ連れて行った。


「ここがいつも俺とケネスが座る席ですよ」


 椅子を引き、リビーを座らせる。中二階の手すりに近い席で、ちょうど店内を一望できるようになっている。リビーは目をまん丸にしたまま身を乗り出して下を眺めている。


「すごいすごいすごい!!お店が全部見えますよ!!」


 それ以上乗り出したら落ちそうなほど身を乗り出すリビーにジャックは「危ないですよ」と苦笑した。あれは何です!?と危なっかしく指をさすリビーに丁寧に答えていると、カウンターでジャックに応えてくれた店員が注文を取りに来た。


「リビー嬢、酒は?」

「嗜む程度です!ハリエット様には一日一杯までと言われてます!!」

「好き嫌いは?」

「お酒も食事も特にないです!!…あ、辛いものはあんまり…」


 「了解」と言って笑うと、ジャックは自分にはエールを、リビーには酒精の弱い甘めのシードルを注文した。今日のお勧めを聞き、リビーでも口にできそうなものを選び一気に注文するとリビーの方へ向き直った。


「俺のお勧めで注文してしまいましたが、良かったですか?」


 ジャックが首をかしげてにっと笑うと、リビーがまた楽しそうに破顔した。


「はい!私はさっぱり分からないので!!普段のジャック様はご自分のことを俺って言うんですね?」

「おっと、失礼しました。この店では気が抜けるんでつい」

「いえ!それが良いです!普通に話してくれたら嬉しいです!!」


 にこにこと笑いながらいまだきょろきょろと店内を見回しているリビーに、ジャックは頬杖をついて前のめりになり、にやりと笑った。


「ふーん、じゃぁ普通に話すけど」


 表情も口調も、態度まで一気に崩れたジャックに目を瞠りぱちくりと瞬きをすると、リビーは「はい、ぜひ!」と大きく頷いて笑った。



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