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5.

※ 分かりにくいところを一部加筆修正しました。

「あ!先輩!!」


 奥の廊下から歩いてきたのは噂の女性。今日も混じりけの無い赤の髪が春の柔らかな日差しに輝いている。


「こんにちは、ジャック様、ケネス様」


 ハリエットがにこりと笑ってスカートを掴み優雅に軽く膝を折った。目を上げるとその顔にあるのは穏やかな微笑みだ。


「こんにちは、ハリエット様」


 ジャックとケネスも左肩に右手を当てて軽く礼をする。そうしてにっと笑うと、ハリエットは目を瞠り、ふふ!と口を開けて明るく笑った。


「リビー、お使いに行ったまま全然戻ってこないとルイザ様が気にしていらっしゃいましたよ」

「え!!あれ!?そんなに時間が経ちましたか!?」

「お使いに出てからもう二時間よ」

「ああああ!!すいません、戻ります!また来ます!!ジャック様、ケネス様、また!!」


 騒がしく走り去ろうとするリビーをハリエットがぴしゃりと止めた。


「リビー、騒がない、走らない、礼をする!」


 ぴたりと足を止めるとリビーがジャック達を振り向き背筋を伸ばす。そして大変優雅にふわりとカーテシーをした。


「お騒がせいたしまして申し訳ございません。ジャック様、ケネス様、またお会いいたしましょう」


 にっこりと品良く微笑むと、リビーは「どうですか!?」と言わんばかりにぱっとハリエットを見た。


「最後に私を見なければ合格よ。優雅に急いでね」


 眉を下げて呆れたように笑うハリエットに「はあい!」と元気よく返事をし、そしてしまった!という顔で「かしこまりました」と言い直し去って行った。そんなリビーに「まったく…」と笑うと、ハリエットはジャック達に向き直った。


「ジャック様、ケネス様、お騒がせをして申し訳ありません。あの…リビーがご迷惑をおかけしませんでしたか…?」


 恐る恐るという風に眉を下げて聞くハリエットに、ジャックは思わず笑ってしまった。


「そうですね、猫が上手くかぶれないとこぼしていましたね」


 ジャックがそう言うとハリエットが微笑んだままぴしりと固まり、そうして遠い目になった。


「リビーってば…猫を被ってるときに猫を被ってるって言っちゃ駄目…」


 ふは、とジャックが噴き出すと、ケネスも微笑んで続けた。


「侍女長様とハリエット様は暗器の投擲がお得意だと。隠し武器の打ち合いも見てみたいそうですよ」

「は!?」


 ハリエットがぎょっとしてきょろきょろと周りを見るとどんどんと苦虫を噛みつぶしたような顔になり「はぁ」とため息を吐いた。


「暗器と隠し武器の種類は言っていましたか…?」

「いえ、的に当てる小さなナイフのようなものと言っていたので暗器は投擲するタイプだと分かりましたが、隠し武器の種類については何も。恐らく知らないのでは?」


 頷くケネスにハリエットは「そうですか…」と困ったように頬に手を当て眉をハの字に下げた。今更だが、眉まで綺麗な赤なのだなとジャックは感心した。


「すいません、一応ご内密に…。私とルイザ様が護衛侍女なのは周知の事実ですが、持っているモノまであまりにも周知されると隠している意味がその…薄くなりますので…」


 なるほど、少し特殊なものを持っているのか、とジャックは思った。たいていドレスに潜ませるのはナイフか短めの剣と相場が決まっているのだが、知られて意味が薄くなるのならその限りでは無いのだろう。

 「もちろんですよ」と微笑むと、ハリエットは「すいません」と困ったように笑った。「お説教の内容が増えたわ…」と更にもう一匹苦虫を嚙みつぶしたような顔で言うハリエットに、ジャックとケネスは顔を見合わせて笑った。


「ですが、とてもハリエット様を慕っているのはよく伝わってきましたよ」


 ジャックがそう言うと、ハリエットの顔がぱっと明るくなり、そして頬を染めて微笑んだ。


「そうみたいなんです。何でそんな風に思ってくれるのか分からないのですが…。あの真っ直ぐなきらきらの目で見つめられると、ついつい甘くなってしまうんですよね」


 ふふふ、とハリエットが笑っている。「可愛い子なんです」とそれはもう愛おしいものを語る目で話している。「あなたも同じですよ」とジャックは言いそうになったがぐっと飲み込んだ。


「良い後輩なのですね」


 ケネスが微笑むと、ハリエットは嬉しそうに破顔した。


「そうなんです!侍女としても淑女としてもまだまだですが…そこは後から伸ばせても、心の良さはリビーの生来のものですから」


 ふと、ハリエットが思い出したように言った。


「ジャック様、ケネス様、お昼は召し上がったのですか?」

「いえ、実は今からです」


 ちらりと鍛錬場の時計を見るともう前半組の昼休みの3割ほど回るところだ。今日の勤務は後半組が昼に入る時間から。これは急いで食べないと間に合わない。肌着だけでも変えようかと思ったが、勤務前には着替えている時間は無さそうだ。特に騎士棟から表に出る用事もないので鍛錬着のままで問題ないだろう。


「まぁ!申し訳ありません!!リビーだけならず私までお引止めしてしまって!!」


 ポケットから出した懐中時計を見るとハリエットが「大変、こんな時間!」と慌てて謝った。懐中時計のチェーンに赤と緑の目の小さな黒猫が揺れている。


「いえ、構いません。とても楽しかったですから」

「またいらしてください」


 ジャックが笑い、ケネスが微笑むと、ハリエットも嬉しそうに笑った。


「はい、私も楽しかったです。またお話してくださいね」


 そう言うと、軽く膝を折り、手を振りながら優雅に足早に去って行った。恐らく振り返って手を振るのも王妃殿下の侍女としては駄目なのだろう。けれどもジャックにとってはとても好ましい。笑みを浮かべて頷くケネスと共に、ジャックも手を振ってハリエットを見送った。


「…着替えてる余裕はないな」

「報告書を仕上げた後にまた打ち合えばいいんじゃない?」


 少々汗臭いのが気になるが、そもそも騎士団は割と男臭い。女性騎士もいるが圧倒的に少ないこともありむさ苦しさが数倍勝る。警護・巡回当番でさえなければ今日のジャック達のように鍛錬後にそのままで別の仕事に回る者も少なくないので余計にだ。


「だな。その後で流すか。とりあえず飯だな」

「だね。食べ損ねるのは勘弁だしね」


 リビーやハリエットと話している間にだいぶ汗もおさまっている。そういえば、あのふたりは汗臭くなかっただろうか。思わずジャックが自分の腕を嗅ぐと、ケネスが「何やってるの」と呆れた。


「いや、汗臭くなかったかなーってさ」

「それ、今更だよね」


 軽くタオルで残った汗を拭きながら、ふたりはそのまま騎士棟の食堂へと急いだ。

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