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3.

 その日の帰り道、王妃殿下の手紙の指示通りに騎士寮の管理人室へ行くと、王妃殿下から預かったというワインが数本並んでいた。手紙には好きなものを持っていくようにと書いてあったのだが、どれも普通の騎士ではそうそうお目にかかれないとんでもない銘柄ばかりだった。


「これは…どれを選んでも隠しておかないと駄目な奴だな」

「だね…悪いんだけど、僕の分も君の部屋で預かっておいてくれる?」


 少々引きつり気味に微笑むケネスに、ジャックもひきつった顔で静かに頷いた。これは持ち帰っても奥方にどう説明していいか分からないだろう。正直に話したところでそもそもジャック達が何に対して感謝されているのか理解できていないのだ。下手なことを言えば邪推され喧嘩になりかねない。ケネスの妻は中々気が強いのだ。

 じっくりと悩んだ末、ジャックは美味しいと評判の、ワイン好き垂涎の銘柄をありがたく頂戴し、ケネスは以前から気になっていたという銘柄を選んでいた。


 王宮の外にある家に帰るケネスからワインを預かり部屋に戻ると、ジャックは戸棚の奥に荷物に埋めるようにそっとワインを隠した。勝手に他人の部屋に入るやつは居ないが、万が一遊びに来たやつに見つかった場合開けられてしまう可能性が少なくない。いつか開ける日が来るまでは見えない場所に押し込めておくのが一番だろう。

 手紙もケネスの妻に見られると根掘り葉掘り聞かれて大変だという理由でジャックが預かった。恐れ多くも王妃殿下からいただいた手紙をあっさりと捨てるわけにもいかない。少し悩んで何も入っていないデスクの腹の引き出しに入れた。

 そしてがちゃり、とジャラジャラと音のする重さのある袋をデスクに置いた。ワインと共に手渡された、嵐の中で連絡係を務めたことに対する見舞金らしい。管理人から袋を手渡された時、ジャックとケネスはその重さに思わず遠い目になった。王妃殿下が怖い…。こちらは正直に嵐の中で伝令を行ったことへの褒賞だとケネスは妻に渡すらしい。


 この一年。昨年の王弟殿下の秘書官が王宮の夜会で襲われかけた一件と今回の『王命婚姻事件』以来、第一騎士団では様々なことが変わった。まず、権力主義で金銭主義の副団長とその腰ぎんちゃくが居なくなった。

 その結果、今までと同じ配置では人手が全く足りないためジャックとケネスのように大きく配置や役割が変わる者が出た。主に第一騎士団でも良い意味でも悪い意味でも目立つ立場にあったものが減ったため、王族警護の人員は大幅に変わっている。ただでさえ少ない女性騎士もそれなりに減ったということで、残った一部は更に忙しくなっているようだ。今年の従騎士選抜はなんとか女性を多めに取りたいと新しい副団長がこぼしていた。

 女性の、しかも伯爵家以上の出の見目麗しい令嬢となると毎年受験者は指折り数えるほど来てくれればいい方だ。余程のことがない限り今年の女性受験者は受かるのでは無いだろうか。


「俺にも春が来たりしないかねぇ…」


 ごろりとベッドに寝転ぶとぼんやりと天井を見つめた。閉じた瞼の裏にちらりと綺麗な赤がよぎる。

 無事に王都に辿り着き休暇を貰った翌日、ハリエットが心配しているから顔を出して欲しいとの王妃殿下からの言伝があった。護衛任務を変わるから日時を指定してほしいとお返事差し上げると、明日見合いで午前中に来るからその時に、との指示があった。副団長に相談しシフトを調整してもらい、午前の茶の時間前に護衛を交代した。


 部屋から出てきたハリエトットはいつもよりしっかりと化粧をし、綺麗に髪を結い上げ、質の良い品のあるドレスに身を包んでいた。とても御者台に上り伸びあがって屋根を確認していた侍女と同一とは思えないほどだったが、ジャックとケネスを見て嬉しそうに笑った顔は間違いなくハリエットだった。


「あー…残念だなぁ…」


 どうも知らず知らずの間にジャックとケネスが後押しをしたらしい。見合い相手はあの、いつも送っていた手紙の相手だったという。ジャック達が嵐の日に運んだ手紙が何かの鍵になったのかもしれない。

 あの日、嵐の中を行くと告げたジャックとケネスの手を真剣な顔で握り、心から安全を祈ってくれた年上の女性ひと。女性という生き物に少々嫌気がさしているジャックにとって、珍しく好きになれそうだった女性ひと。「無事でよかった」と安堵したように泣きそうな顔になったのを見た時には、この数年で枯れていた胸が正直ときめいた。


「でもまぁ、幸せならそれが一番だよなぁ…」


 口を開けて明るく笑う混じりけの無い赤の髪の女性を思い出す。ハリエットは、淑女らしくないあの幸せそうな笑顔が一番似合うとジャックは思う。見合い相手も完璧な淑女の微笑みでは無く、ハリエットのあの朗らかな笑顔をちゃんと知っているのだろうか。

 どうもいつの間にかうつらうつらと微睡んでいたらしい。はっと目を開くと、ジャックはがばりと起き上がった。


「あー…風呂入ってないなぁ…」


 ちらりと時計を確認する。寮の風呂は基本大浴場なのだが、男子寮の中でも騎士の寮は勤務が不規則な者も多いため掃除の時間を除いて一日中使うことができる。気が付けば夜半を少し過ぎているが、掃除は早朝なので今は使える時間だ。


「はぁ…行くかー」


 ため息を吐くとぼんやりとデスクの時計を見た。ケネスがまだ寮にいた時は勤務の変動はあれどケネスがある程度規則的に動いていたのでそれにつられてジャックも規則的だった。だが、良くないとは分かりつつケネスが結婚して寮を出て以降は勤務に関わらず不規則になることも多い。デスクの時計はケネスが「僕が居なくてもちゃんと生活しなよ」と置いていったものだ。

 よいしょ、と立ち上がりちらりと窓の外を見ると、窓から見える上弦の月は今日は一段と低い場所にある。朧に見えるのは春ゆえか。月より明るい黄色の髪をくしゃりとかきあげ着替えを持つとジャックは静かに部屋を出た。

 幸い明日は遅番で昼過ぎからの勤務だ。まだまだ時間は十分にある。今日は少しゆっくり入って来ようと、ジャックはぐーっと伸びをしながらぼんやりと大浴場へ向かった。

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