第7話 思い出の通学路
こんな美しい景色だったか。
等間隔で並ぶ街路灯が、まっすぐ伸びる一本道を照らしている。緩やかな勾配があり、寅蔵が立つ場所からは300メートル先まで見通すことができる。車の通りはまばらで、歩いている人も少ない。昼間には通勤・通学の人で騒がしくなるが、国道が隣を走っており、それと比べれば穏やかな通りである。
あれから13年の月日が経っている。多少変化はあるものの、あの当時と変わらない落ち着いた街並みが当時の自分を呼び戻してくれる。
自転車から降り、小さな交差点の隅にある車止めに腰を掛け、茫然とその眺めを見つめる。
俺はどうしてこうなったのだろう。あの頃は輝いていた。この場所で友情を確かめ合った。恋もした。持てる自分がそこにいたことを覚えている。
「ママ、待って~。」
30前後と思われる母親と6,7歳くらいの男の子が道路の脇を自転車で駆け抜けていく。その親子は初めて見るはずなのに、どこかで見たことがあるような気がした。
俺もあんな感じだったんだろうな。あんなに屈託のない笑顔を見せて、過ごしていた日々があったんだよな。いや、それどころか・・・
どんどん小さくなる親子を見つめながら別の情景が思い浮かんでくる。
いや、それどころかあの頃、遊んでいた友人なんかも、もう結婚をしてあれくらいの子供がいる奴もいるだろう。大企業に入ってどこか鼻で笑っていた自分が恥ずかしい。
肩から腰に掛けていた小さめのショルダーバッグからハンカチを取り出して汗もかいていないのにそのしぐさをする。見渡してもあまり人は歩いておらず、誰も見ていない。
でもさ。結局は、明るく前を向いて頑張るしかないんだよな。悔やんだところで過去は戻ってこない。あの光り輝いていた高校時代も戻ってこない。ただ、前を向いて歩いていくだけ。未来は明るい、・・・か。さあ、行こう!
「君、ちょっといいかな。」
寅蔵が再び自転車に乗ろうとしたときに、後ろから制服姿の男性が話しかけてくる。振り返るまでもなく相手が誰だか察しがつき、妙に緊張が走る。
「ここで何をしているのかな?」
自転車から降りてきた警察官が寅蔵のもとに近づいてくる。
「いや、別に・・・ちょっと散歩をしていまして。」
「散歩?ずっとそこで休んでいたみたいだけど?何を見ていたのかな?」
ふぅ、落ち着け。別に怪しい物なんて何も持っていないし、何もしていない。冷静に、正直に答えればいいんだ。
「いや、なんていうか、別に。昔、この道を通って高校に行っていたもので。昔の友達との思い出に浸っていました。」
「友達との思い出?」
「はい。ここで友情を確かめ合ったんです。」
「へえ、どんな風に確かめ合ったの?」
「下校する際、友達のタカフミとコウジの二人に国道沿いにあるマックに行こうと誘ったんですが、先輩とレコード店に行くと言われて断られてしまい、仕方がなく一人で行くことにしたんです。でも、なんか一人で行ったところで面白くないなと思って、行くのをやめていつものこの道を通って帰ることにしたんです。そしたら、」
寅蔵は通りを指さして、嬉しそうに話す。
「あいつら、いたんですよ!しかも、ゆっくりと走っていて!話を聞いたら、先輩からまた今度にしようって言われたみたいで。まあなんていうか、あのとき感じましたね。つながっているんだなって。結局は一緒になるっていうか。」
「え?うーん、それは君と一緒にマックに行くのが嫌で・・・って、まあ、余計なことは言わないでおくとして、ところで君。任意で所持品をチェックさせてもらっているんだけど、ちょっとそのかばんを見せてもらっていいかな?」
「ああ、いいですよ。」
寅蔵がショルダーバックを肩から外して警察官に手渡す。
「・・・うん、別に変ったものは入ってなさそうだね。ティッシュに小銭入れ、あとはハンカチが一つ、いや、二つ。あれ?三つもあるね。どうしてこんなにハンカチを持っているの?」
「ああ、それは思い出の品ですね。」
「思い出の品?君は思い出の品のハンカチを常に持ち歩くようにしているの?」
「いや、なんていうか。今日はここに来る予定だったので。それで持ってきたんです。」
「へえ、そうなんだね。でも、このハンカチはなんかピンク色のかわいらしい絵柄で女性ものっぽいけどね。」
「ああ、それは高校生の時に好きだった女の子から預かったものなんです。」
「預かったもの?本当に?盗んだものとかじゃなくて?」
「はい。確かに預かりました。僕がここの自販機の前で休んでいた時、その子が二人乗りをして現われたんですけど、そのときにハンカチを落として。それを拾って渡そうとしたら、『明日学校で受け取るから、持っておいて』って言われたんです。それで次の日、その子と学校で会わなくて、気がついたら渡しそびれちゃったんです。」
「え?ああ、そうなんだ。別にここで待たなくても、普通にその子に返しに行けばいいんじゃないかな。まあ、何年も前のハンカチを返してほしいって思うとは限らないけどね。」
「ええ、でも運命があるかどうかを知りたくて。」
「ええっと(なかなか痛い奴だな)、じゃあ、この緑色のハンカチは?」
「ああ、それは高校の時に好きだった女の子が拾ってくれた僕のハンカチです。」
「え?どういうこと?えっと・・・それはつまり、こういうことかな?」
警官が身振り手振りを使って、自分の頭の中を整理する。
「君の好きだった女の子が現われる、君が当時返し忘れていたハンカチをなぜか持っていて渡す、彼女は驚く、さらに彼女が拾ってくれたハンカチを今も大切に持っていることをアピールする、彼女は一途な君のことを好きになる、ということかな?」
「いえ、違います。そんなんじゃありません。」
「いや、別に冷やかしているわけじゃなくて。君がここにきて立っていた理由をお巡りさんは知りたかっただけなんだ。」
「だから違います!ハンカチを返していない子とハンカチを拾ってくれた子は別の子ですから!」
「ええ?でも、好きな子って言わなかった?」
「はい、二人とも好きでした。どちらかが現われてくれたらいいなと思っていました。」
「ああ、そうなんだね。ピュアなんだかいやらしいのか、わからなくなってきたな。じゃあ、この黒いハンカチは?」
「それはもちろん、私の大好きな・・・」
「ああ、そうなんだね。3人もカマをかけているんだね。もうわかったよ。暗い道だから気を付けて帰ってね。」
「お母さんのハンカチです。」
「ここでいきなりマザコン入った?お母さんのハンカチは別にこの場所は関係ないよね?家で渡せばいいよね?」
「お母さんはこの道を通ったことがありません。」
「そうだよね?やっぱりそうだよね?じゃあ、なんでそのハンカチを持ってきたの?」
「それもまた運命があるのかなって。」
「やっぱこいつめんどくせえ!・・・えっと、もうわかったよ。ご協力ありがとうございました。ちなみに、これからも君はここに来て、その人たちを待つのかな?」
「いえ、そのつもりはありません。今日ここに来たのも13年ぶりですから。」
「そうでしたか。じゃあ、気を付けて帰ってくださいね。」
寅蔵はようやく解放され、自転車にまたがってハンカチを取り出して汗を拭く。
「ちょ、ちょっと待って君!」
「はい?どうしましたか?」
「今、ポケットからハンカチを出したよね?4つ目のハンカチを!それは何のハンカチなの?」
「これは新しい出会いがあった時のために用意してあるハンカチです。」
「そうですか!怪しい人だと通報されないうちにおうちに帰ってください!」
こうして寅蔵の高校時代の思い出は再燃することなく、時が過ぎていくのであった。