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第4話 恋が近づく席替え

  運命の二人はこうして近づいていくのか。


 デスクの片づけをしながらひとり呟く寅蔵。

 会社で席替えをすることになった。会社は二階建ての一軒家の一階にあり、二階が社長宅になっている。席は5つあり、左右の島に分かれていて、左側に主任の席があり、その前に向かい合うように席が2つ。右側の玄関近くに向かい合うように席が2つある。

 事務員の守子は一番玄関側に近い席で決まっており、残り3席の席替えをするということになる。


  守子ちゃんの前の席は間違いなく俺になるのだろうなあ。


 缶コーヒーを片手に持ちながら窓の外に咲いている山吹の花を見て一息つく。


  なにせ今まで運をためてきているからなあ。この席替えが栄光の架橋になるのか。


 「なに黄昏ているんですか寅蔵さん。」

 「あ?田中か。別に黄昏てなんかいねえよ。ただ、コーヒーを飲みながら美しい花を愛でているだけさ。」


  ふ、田中よ。お前が俳優に向いていると言うもんだから、オーディションに応募したというのに、不甲斐ない結果に終わったよ。ふ、しかし。俺は心の広い男だ。そんなことでお前を責めたりしない。ただ、お前がいつの日か言っていた、『寅蔵さんはいつかビッグになります』という予言だけはいずれ的中すると思っている。ま、オーディションを受けたことは当分の間、秘密にしておこうか。


 「邪魔よ。」

 窓辺にいる二人にもう一人の事務の女性が冷たい目つきで移動を促す。


 く、本当にムカつく奴だな横船!なぜお前はそんなに無愛想なんだ。そんな迫力のある眼力で無言で近づかれたら誰だって驚くだろうが!ウルトラマンに出てくる宇宙怪獣みたいな顔をしやがって!だいたいお前の存在価値はなんだ?社長のお世話になった人の紹介だかなんだか知らないが、明らかに不要なんだよ!せめてその恐ろしい顔だけやめてくれ!


 席替えはあみだくじで行うことが決まった。

 主任の高崎が使用済みのA4用紙を裏返し、定規で3本線を引いていく。何本か横線を入れていき、用紙の中間を2回折りたたんで最後にA,B,Cの文字を入れる。玄関側からA・B・C番目の座席にすることが決まった。


  Aが守子ちゃんの向えの席だな。Cなら今と変わらないが、Bだと守子ちゃんに背を向けることになるのか。それは嫌だな。いや、待てよ?後ろを振り向いたとき、ふと目が合うというのも悪くないな。


 「よし、じゃあやろうか。」

 主任が接客テーブルに3人を呼び出し、先ほど書いていたあみだくじの用紙をテーブルに置き、3人にどこからスタートするのか選ばせる。

 「じゃあ、まずは横船さんから。」

 事務の女性が3本のうち、中央のところに“横”と書き入れる。

 「次に寅蔵、田中。どっちでもいいぞ。」

 「田中、お前先に行っていいぞ。」

 「あ、はい。わかりました。」

 田中は一番右側の箇所に田中と書き込む。最後に寅蔵が左側に“寅”と書き込む。


  功を焦っては勝利はつかめないのさ。残り物に福があると見た。


 「じゃあ寅蔵から見てみようか。」

 主任が人差し指を左上の“寅”のところに合わせ、あみだくじの歌を歌いながら下になぞっていく。


  今のまま行けばAになるのか。頼む!そのままAになってくれ!


 折りたたんで隠しているところまでくると、用紙を広げてすべてのルートが見える状態になる。


  これは?Bか?いや・・・


 主任の指はさらに下になぞっていき、最終的にたどり着いたのはAであった。

 「おお!やったあ!!」

 「じゃあ次は横船さん行ってみようか。」

 寅蔵の喜ぶ姿を尻目に主任はあみだくじを続ける。横船はCとなり、田中はBになった。

 

  ああ、急に光が差し込んできたような感覚。これから始まる新しい生活、新しい日常、守子ちゃんと始める第一章の幕開け。サクラ、咲く、か。

  いままでずっと運をためてきたからなあ。これくらいのことは起こってもおかしくなかった。まあ、二人の運命を考えれば必然。今日は織姫と彦星が近づく記念すべき日だったんだ。


 「守子ちゃん、今日から前に席に座るね。困ったことがあったら何でも言ってね。」

 「はい、寅蔵さん。よろしくお願いします。」

 「ああ、寅蔵君。ちょっと。」

 主任がなぜか君付けで寅蔵を呼び出す。

 「いや、実はこのあみだくじには裏設定があってね。」

 「裏設定?」

 主任は接客テーブルの前にあるホワイトボードを裏返す。するとそこには大きな字で『あみだくじの結果を反時計周りに一つずらす。』と書いてあった。

 「あみだくじの結果を反時計回りに?どういうことですか?」

 「そのまんまだよ。だから、君はAだったから反時計回りに一つずれてCの席に、つまりCっていうことだ。田中君がA、横船君がBっていうことだ。」

 「え?何言っているんですか?一体?!」

 「いや、だからこういう予想外の仕掛けがあった方が面白いだろ?」

 「はあ?面白くねえよ!何言ってんだよ、この小太り野郎!」

 「な?!小太り野郎ってなんだ寅蔵!言いすぎだぞ!」

 「言いすぎじゃないですよ高崎さん!あなたは私の栄光の架橋を壊そうとしているんですよ!こんな仕掛けを作る暇があるなら少しでもダイエットして痩せればいいじゃないですか!」

 「何言っているんだお前は!いいか!ちょっとしたお遊びなんだ。たまには席替えをしてリフレッシュしてほしいと思ってやっただけなんだ。またどこかのタイミングでやるからそうカリカリすんな。」

 「じゃあ、いっそのこと全部の机を90度変えるとかでいいんじゃないですか?全部窓際に並べてみるとか、玄関を囲うように席を並べて、その中に社長の席を作るとかでいいじゃないですか!」

 「もういい!わかった。今度焼肉でもおごってやるから。な?またどこかでやるから。」

 「・・・焼肉くらいで買収できると思わないでくださいよ。またすぐにでもやりましょうね。」

 またどこかでやる。その言葉を聞いて矛を収め、寅蔵はしぶしぶ席に戻る。一方、主任の高崎はホワイトボードに書いた文字を嬉しそうに消していく。

 会社に入ったら最初に横船の不愛想な顔と対面する。その状況を打開するために高崎が仕組んだ席替えだということに気づかず、落ち込んでしまう寅蔵なのであった。






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