第3話 新しい才能の覚醒
「俺にこんな才能が隠されていたとはな。」
とある建物のトイレの鏡を見ながら、自分に話しかける寅蔵。
名門大学を卒業後、大手総合商社に入社した俺。会社を辞めてからというもの、部屋にこもり、一人寂しく泣いたときもあった。思い通りに行かなかった日々は無駄な時ではない。苦難は将来への布石、持つべきは友、巡りくる運命のバイオリズム。
鏡を見ながら笑顔が止まらない寅蔵。トイレに出入りする人を一切気にせずにまっすぐ自分だけを見つめる。
「よし、なんていい顔なんだ。」
両手で軽く顔をパチンと叩き、トイレを後にする。数メートル離れたある部屋の前で立ち止まり、廊下の椅子に腰かける。
心なしか緊張する。これはこの前の合格発表の比ではない。しかし、緊張は幸運をもたらす鐘の知らせ、鳴りやまない鼓動は歓声に包まれた未来への序曲なのだ。
「次の方どうぞ。」
寅蔵は待っていた部屋の中に入るように促される。部屋に入ると、二人の男性が椅子に座り、長机に肘を乗せて寅蔵を見る。寅蔵は部屋に入って一礼し、一つだけおいてある中央の椅子に座る。
「お名前は?」
「荒巻紙寅蔵です。」
「荒巻紙寅蔵さんですね。あなたはどうして・・・」
寅蔵は面接する二人の男性がなげかける質問にテキパキと返答をしていく。
ふ、このような受け答えというのは簡単だ。大学の就職活動のときに何社受けたと思っているんだ?まるで最新式のAIのように答えがすらすらと浮かんでいく。もしかして就職アドバイザーの仕事に向いているのか?いや、今はこの時に集中せねば。
「では、ちょっとやってもらえますか?」
面接官の男性の一人が寅蔵に何かのリクエストをする。
「はい。」
寅蔵は席を立ちあがり大きく息を吸って吐き出す。
会社を続けていてなんになる。一度の人生で挑戦しないということ自体がばかげている。俺の歩む台地は媚びへつらった世界にあるのではない。俺の心の赴くままに歩むのだ!
「ふ、今までずっと隠してきたのだよワトソン君。私のちからはこんなものではない。みせてやろう、私の真の力を!」
「はい、カット。OKです。どうぞ、おかえりください。」
「え?終わりですか?」
スタッフが扉を開き、外に出るように促す。
「合格ですか?不合格ですか?」
「お疲れさまでした。」
「明日は何時に来ればいいですか?」
「寅蔵さん、不合格です。」
「ああ、そうですか。」
のそのそとドアの方へと歩き、ドアの前で後ろを振り向いてから一礼をして外に出る。
「はあ。」面接をする監督はため息をついて、すぐに気を取り直して掛け声を出す。
「次の方どうぞ」
「あのー」寅蔵がひょこっと姿を現す。
「もう終わりですよ。次の方が控えてますから。」
「同僚の田中さんがオーディションに出てみたら?っていうから出てみたんです。」
「は?」
バタン!とドアを閉めて寅蔵は姿を消した。
「なんだ?あいつ。」
「ま、いろんな人がいるからな。」
「そうですね。」
お互いの顔を確認し、気持ちを整える。
「次の方どうぞ!」
「あ、」寅蔵が三度、姿を現す。
「なんですか?!あなたは!もう終わったんですよ。」
「もし気が変わったら、連絡ください。」
「はあ?う~ん。はい、わかりました。わかりましたので、どうかおかえりください。」
「よろしくお願いします。」寅蔵は納得したように消え去っていく。
「なんだったんだあいつは。」
「しぶとかったですね。無駄に疲れちゃった。」
「ああ、気を取り直していきましょうか。」
「そうだな!次行こう!」
「次の方どうぞ。」
「あの~」
ドン!
ドアが開いた瞬間に内側からドアを閉める監督。
「またお前か!早く帰れ!警察呼ぶぞ!」
「すいません、僕は何パーセントくらいですか?」
「ゼロパーセントだー!早く帰れー!!」
「わかりましたー、帰りまーす。」
こうして新しいドアを開くことができなかった寅蔵であった。