第2話 合格発表
新しい風が吹く時というのは、まさにこんな日のことをいうのだろう。
桜吹雪が運ぶさわやかな春風に包まれて、寅蔵は新しい世界が開かれることを予感していた。
年明けにわざわざ千葉にまで初詣に行きたくなった理由が今更わかった気がする。あの日の初日の出は、俺にとって新しい人生の開け、それを自分で予感していたんだ。いい御心だ。
別に俺はその道に進みたいと思ったわけではない。ただ、なんというか、この荒れた社会を生き抜いていくためのちょっとした格式を得るというか、箔がつくというか。
寅蔵はある建物の中に入っていく。人の通りはさほど多くないものの、目的の場所に近づくにつれて、視線と興奮が徐々に高まっていくものを感じる。ポケットに入れてあったお守りを今一度触り、前に進む。
張り出されている白い大きなボードを見つけたところで足を止めて、回れ右をする。
「ふー、落ち着け。」
そう、あのときと同じだ。高校受験、大学受験、無かったらどうしようとか思っていても、実際にはあったじゃないか。まあ、本当に無かったこともあったが。いや、ある。必ずある。信じるのみだ。
再度振り返り、ホワイトボードに書いてある数字に目を通していく。
「113556、113556、・・・
ブツブツと念仏のように番号を唱える寅蔵の動きがぴたりと止まる。
「おお、おおおおお!」
まばらにまばらにいる人たちをよそに、寅蔵は両手のこぶしを腰に構えて雄たけびをあげる。
「おおおお!よっしゃあああああああーー!!!」
周りにいた人全員が奇怪な咆哮を前にして、ただただ啞然とする。
「あの、すいません。」
様子を見ていた男性の一人が寅蔵に声をかける。
「危険物取扱の資格取得、おめでとうございます。私、こういうものなのですが・・・」
話しかけてきた男が寅蔵に名刺を渡す。
「・・・株式会社マッチポンプ?」
「はい、弊社では危険物取扱の資格者を募集しておりまして、現在、資格者を対象に人材を探しているのですが、失礼ですが今お勤めのところはどちらになりますか?それなりの好条件をご提示できるかと思うのですが。」
「いや、勤めているところは、この資格とは関係のない会社なのですが。」
「ああ!それじゃあ是非うちの会社のことを紹介させてください。福利厚生も充実しております。サービス残業もありません。よかったら一度外に出てお茶でもしませんか?」
「ええ、いいですけど、わたし試験に落ちましたよ?」
「ええ?!」
誘っていた男性の目が点になる。
「さっき、あんな大きな雄たけびをあげていたじゃないですか!あれは何だったんですか?」
「あれは雄たけびをあげることで、悲しみを乗り越えて泣かないようにするための私が生み出した技ですね。」
「・・・」
寅蔵は会場をあとにした。
どうしてこうも変な欲に駆られて行動してしまうのだろうか。その道を進むつもりがないのに資格なんて取る必要ないじゃないか。余計な欲を捨てて、俺が切り開く未来を進めなきゃダメなんだ。
「あのー、すみませーん!」
会場の外に出たあたりで、建物の中から花柄のワンピースを着たポニーテールの女性が走って近づいてくる。
「これ、落としませんでした?」女性は寅蔵が持っていたはずのお守りを差し出す。
「ああ、ありがとうございます。」
「次回も頑張ってくださいね。」かすかに優しく微笑みながら御守りを寅蔵に手渡す。
「あの、すいません。」
「はい?」寅蔵は立ち去ろうとした女性を呼び止める。
「よかったらこれから少しお茶でもしませんか?」
「あ、ごめんなさい、わたし彼氏いるんで。それじゃあ。」
足早に去っていく女性の後姿を見ながら、初詣なんか行かなければよかったと思う寅蔵であった。