第一話 福引き
ついにここまで来たか。
暗闇を照らす無数の提灯の下、黄色いチケットを数枚握りしめ、男は独りつぶやく。
思えば苦難の連続だった。名門大学を卒業し、順風満帆な社会人生活が開けると思っていた。しか し、待っていたのは地獄のような日々。過酷な営業ノルマに長時間残業、毎日上司から罵倒され続けた。営業成績は上がらず、同僚からも馬鹿にされ、気がつけば会社を去っていた。家族とも別れ、天涯孤独の道のりを歩むはめに。こんなはずじゃなかった。
寅蔵は握りしめたこぶしを胸に当て、深呼吸をする。着ている赤色の袖付きシャツが寅蔵のメラメラと燃える闘志を映し出しているかのようである。
しかし、それは過去の話。あの忌々しき日々を乗り越えるために俺はここまで来た。週に三日の筋トレで心身ともに鍛え上げ、週に1回のランニングで体力をつけるとともに心をリフレッシュさせている。炊事、洗濯、掃除を一人でやるのは当たり前、近所の掃除だってすることがある。この神社に毎週かかさずお参りをし、清らかな心を神様にずっと示してきたのだ。
前に並んでいた人が終わり、寅蔵の出番が回ってくる。
2等の銀色が冷温ボックスか。これがあれば冷えた夜でも常に温かい飲み物を提供してくれる。今の俺に必要なものじゃないか。1等の金色は新幹線で行く金沢2泊3日の旅行ペアチケット。このチケットがあれば守子ちゃんを誘って・・・いや、そんな欲をかいているわけではない。俺はあくまで今の俺にピッタリな冷温ボックスが欲しいだけだ。たまたま手に入ったおまけで、そんな欲深いことを考えてはいけない。そう、たまたま気がついたら手にしていたチケットだ。目的はあくまで銀、銀色の冷温ボックスだ。
5枚のチケットを店側の人に手渡し、目の前にあるガラガラの機械のハンドルを握る。
「5枚で1回になります。どうぞ。」
ふっ、わかっている。最初からチャンスは一回なのはわかっている。問題なのは回数ではない。運だ。この豪華福引大会で俺が銀色に輝く色を引き当てる運命にあるかどうかなのだ。
「行くぞ。」
時計回りにガラガラをまわしていく。3回転したところで球が飛び出る。
金!?いや、金にしてはくすんでいるような?
「銅が出ました!おめでとうございます!3等です!」
「3等?なんだ?3等は?」
「おめでとうございます!3等はバナナ3日分になります。」
「バナナ3日分?」
お店の人から袋に入ったバナナ3房を手渡される。
「では次の方どうぞ。」
「ちょっと待ってください。」
寅蔵が促しの声を無視して係の者に問いかける。
「なぜ3等でバナナなんですか?豪華福引の1等が宿泊券で2等が冷温ボックス、3等がバナナ?そんなバナナって言ってほしかったんですか?3位はせめてディナーチケットとかそれくらいあってもいいじゃないですか?」
「え?まあ、ここに書いてある通りなんで。そのように言われましても。それに3等を引き当てたんですから、もっと喜んでください。」
「いやだから、なんで3等でバナナなんですか?3日分って何ですか?さっきおみくじを引いたら大吉だったんですよ?」
「おみくじは関係ありませんから!大吉が出たら、きっとこれからいいことがあるんじゃないですか?」
「いえですから!おみくじの願い事の欄に『穏やかにととのう』って書いてあるんですよ!全然整ってないじゃないですか!」
「変な言いがかりをつけないでください!次の人が待っているんですから!」
後ろに並んでいる人たちの視線が放つ圧力で、寅蔵はその場からはじかれるようにして離れる。もらったバナナを見てあることに気がつく。
「すいません、バナナなんですけど。」
「はい?なんでしょうか。」少し迷惑そうにお店の人が対応する。
「僕、バナナよりもメロンの方が好きでして…」
「はあ?」
「バナナ3房とメロン1個を変えてもらえませんか?」
「ちょっとあんた、いい加減にしてもらえるかなア。」
店の奥からガタイのいい他の店員が現われて、威圧するような態度で接近し、寅蔵を押し出していく。
「おかえりいただけますか?」店員は仁王立ちになって寅蔵をにらみつける。
寅蔵はもらったバナナをひと房、頭に乗せてもうひと房のバナナを二本もぎ取って両手に持って構える。
「スーパーサイヤ人だ!」
店員はあきれた顔をしてその場を去っていった。寅蔵も背を向けてその場を離れ、鳥居の外に出たところで振り返り一息ついてからつぶやく。
「今日はこれくらいにしておこうか。ま、これでまた運が貯金できたってことさ。」
こうして福引のために商店街で買った5000円分の赤シャツは役割を終えるのであった。