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神聖トラスフィッシュ帝国のお話

地方領主は怪談話はできない

作者: スダチ

 帝国領で最も栄える首都トラウトサーモン。その北側にある、都を見下ろす小高い丘に立つ、広大な建物群。

 これぞ初代皇帝イエロウテイル3世の住まう、帝国栄華の結晶の場である。


 地方からやってきたおのぼり旅行者が、その建築の壮麗さに放心し、いつも口を開けて宮殿前にたむろしている。

 神聖西トラスフィッシュ帝国である。


 初代皇帝イエロウテイル3世といえば、一代でこの帝国を成した武王である。と共に美術的才能もあるようで、ご自分の宮殿は人に任さず、細かい窓飾りの彫刻に至るまで図面に起こしたそうだ。

 このような一人で何個も才能を持つような人間を俺はこの世で一番毛嫌いし、大きな声ではいえないが内心とっとと死ねばいいのにと思っている。

 汚い嫉妬はやめろ? 自分も同じくらい努力してから言え?

 そんな正論クソくらえである。

 地べたを這う蟻はそんなに努力したって空は飛べないし、土の中のミミズは明るい場所にでただけで干からびて死ぬのだ。

 もう生まれが違うのである。草原と羊しかない、特に金になるような特産物もない……。

 ないないない♪何もない♪、俺のような辺境の土地をちょっと受け継いだだけの人間はいかに努力しようが0に何をかけても0、どうもならない。小国とはいえ王という気負いすらも帝国に服属し、一領主という身分に消えた。


「別にそうでもないわよ」


 明るい方から声をかけられた。

 ここでしか見たことがない、何千という光を持つシャンデリアが輝く、豪奢な帝国戦勝祝賀パーティーの会場である。

 俺も帝国に服属する領主の義務として、この戦に駆り出された。が、戦場に辿り着く前に戦争は終了していたので、特に何もしていない。武装準備して行き来しただけ。あの時も今も、何しにきたのお前? 状態である。

 居た堪れず、会場の寒くて暗いバルコニーの階段に座ってキノコと化していたが、そこにきたのがいつものおばちゃん侯爵夫人であった。

 侯爵夫人といえばかなり偉いご身分のはずなのに、こんなキノコに目をつけてくるあたり、やはり相当な変人コレクターなのだ。

 隣に座られると、ほわっと温かい。エネルギッシュおばちゃんは発する熱量さえ常人とはちがうらしい。


「初代皇帝イエロウテイル3世。彼が生まれた元の国は、ツナ高原のあたりにあったのよ」

「観光地の。深い山と美しい湖と壮大な山脈があるという」

「そうよ。言い換えると雪山に囲まれた狭くて貧しい土地よ。産物は主に人間、傭兵部隊。王子たちですら、兄弟で殺し合って、最後残ったものがなるのが王になる習わし。聞いているでしょ」

「聞いてますけどお……」


 どうやら凹む若者に励ましの言葉をかけたいらしい。善行のおばちゃんに、俺は渋い顔で言った。

 この辺の話はトラスフィッシュ教に入信して以来、毎週末教会のミサで聞かされている。

 ただね、俺はね、励まされたいわけじゃないの。ちっこいプライドを慰める言い訳をさがしてるだけなの。

 そういう、お前もあいつも不幸な境遇は同じ。なのにあいつはできてお前はできないわけがあるか? みたいな話はね、今したくないわけ。俺のこの哀れなキノコぶりが見えないの?

 

「なぜ皇帝は成せて、自分は成せないのか。そう思っているわね」

「さっきからずっと思ってるんですが心の声を読まないでください」


 それくらいのプライバシーはキノコにも保証していただきたい。

 しかしおばちゃんは俺の要請を完無視し、真摯な顔でこう言った。


「神を信じないからよ」


 俺はチベスナ顔になった。ついでに家の扉にかんぬきをかけてきたか、急に不安になってきた。


「というわけで帰ります」

「待ちなさい。私は正気よ」


 正気の人は、わざわざ自分は正気だとか言わない。

 だがおばちゃんは今度は俺の胸の内を読まず、厚い胸に手を当てて宗教的熱意に身を任せながら言った。


「聖典2部第12章。凍てつく12の冬。兄王子の夜襲を受け、一人、命からがら死のトロ山脈に逃げ込んだ時の話よ」


 俺の嫌いな章である。少なくとも俺は兄弟親戚は助け合うものという温かい親族関係があった。兄王に殺されかけたなどというつよつよエピソード、不幸自慢ですらも俺は皇帝に勝てない。


「幼い皇帝は力のかぎり兄王の手を逃れ雪山に登り、そして力尽き、倒れた。だが……」

「最後の力で見上げた山壁に、燃える魚の骨が見えた。それに命を救われた皇帝は魚の骨を祀り、トラスフィッシュ教に帰依した。でしょ」


 子供の劇でもよく題材にされる聖典のハイライト部なのだが、ぶっちゃけ普通に皇帝が死にかけで見た、妄想とか幻覚の類だろと思っている。

 せめてこう、白熊とか雪豹とかの骨とかならともかく、なんで最高峰の山ん中で魚の骨? いかにも脈略ない悪夢って感じだし、もうちょっとこう、宗教的にそれっぽい、カッコいい感じの象徴なかったの? とずっと思っている。


「今日はお嬢ちゃんといないのね」


 おばちゃんは急に話を変えた。

 これは帝国の人と会話するようになって気付いたことなのだが、だめだこいつ何もわかってない。と話を切り上げられた合図なのである。

 おノーブルな都会の人々は会話の含みを理解できぬアホ人間に厳しい。草原のお国に帰りたい。


「あそこにいるじゃない。声かけないの」


 おばちゃんが広間の片隅を指差した。俺は無理ですと普通に答えた。


「冷たいのねえ。寂しそうに待ってるじゃない」


 寂しそうかはわからない。表情がわからない。ついでに令嬢の輪郭もぶれている。

 令嬢は広間の片隅で高速で震えているのである。もういや。これ以上俺に不可解な状況を投げないで。

 こいつ何言ってるの? って思っただろう!? うるさい俺が一番そう思っている!

 でも俺は頑張って聞いたのだ。来てすぐ。勇気を出して。令嬢? どうしたんですかそれ、と。

 しかし返ってきた言葉がブビビビビビ……という人知の外の言語だったのだ。


「お嬢?」

「ビビビビビ……」

「あの……」

「ブビビビビビ……」

「………」


 俺が絶望のキノコと化した半分の理由は令嬢にある。

 もしかしたら俺は自分の辛い境遇をごまかすため、俺より可哀想な存在を脳内で作り出して自尊心を保っていたのかもしれない。その場合、俺の精神は大分ストレスにやられている。

 さらに悪いのは、令嬢は令嬢ではないのかもしれないという可能性だ。

 誰にも見えなかったのは、地味すぎる令嬢の存在感のせいではなかった。ずっとそこにいた、人以外の、何か、だったのだ……。


「ブビビビビビ」

「ギャーーーーーー!」

 

 かすかに、だがたしかに、あの恐ろしい振動音が耳元で聞こえ、俺は叫び声を上げた。

 見返せばおばちゃんが小さい石のはまった指輪を、俺の耳元に寄せている。よくわからないが、何すんですかあ!と咄嗟に俺は叫んだ。


「魔素よ。固体化した魔素を熱に変換している音。ほら、あったかいでしょ?」

「ああ、そうっすね……?」

「あのシャンデリアの光も魔素よ。あれだけの量の魔素を消費したら一晩で一体いくらかかることか」


 シャンデリアは蝋燭ではなかったらしい。何か田舎もんは知らない、ハイテクエネルギーのようだ。まあうちの国だと蝋燭どころか、焚き火で燃料は主に羊のフンだけど。


「魔素は何億年何千年も前、大昔、この世界のあらゆる場所に満ちていたらしいわよ。今はほぼ還元されてなくなったらしいけれど、大昔の生き物に取り込まれた分は、そのまま深い深い地層の下に、化石という形で残っている。帝国皇帝の本当の力は、主にこの魔素の原産地を押さえたこと。つまり圧倒的な経済力なのよ」


 わかる? とおばちゃんは、未だ震えながら悪霊尽き状態になっている令嬢を眺めながら言った。俺はよくわからないがへーと返した。要は皇帝には資源があるってことで、つまり資源が無い俺がキノコになるのもむべなしってことでオケ?


「あ、そうそう、あそこのテーブルのオレンジワイン飲んだ? 初めての味わいよ。新たに服属した国の貢物だそうで、あんたも体験してきなさい」


 おばちゃんが急に明るく話題を変えた。再びアホめと思われ話を切り上げられたのだ。

 自信が尽きた俺は、領主もやめて令嬢に傭兵として雇ってもらおうかしらんと思いつつ、オレンジワインとやらを飲まされた。不味くは無いが田舎の国の馬乳酒が懐かしい。神様、僕もう田舎のお家に帰りたい。

 

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