第68話
今、力一杯目一杯、あなたを抱きしめたとして。
そのハグで全部繋がれたらいいのにな……。
私が今、見えている光景はもしかしたら幻影なのかもしれない。
会いたくて会いたくてたまらない私が描き出した、ほんの夢の数ページに過ぎないのかもしれない。
でも、この目尻に溜まり続ける泉の正体を誰が説明できるだろうか。
瞼を閉じてしまえばすぐに決壊し、とめどなくこぼれ落ちていく水滴をなんと言い逃れできようか。
こんなにもあたたかいのだから……。
彼女と出会って、心から泣いた。心の奥底から満足するように号泣した、この瞬間を。
たとえ夢なんだとしても、それは私の人生の中で大きな影響力がある。分岐点といっていい。
私はもはや、今そんな選択を委ねられている気もした。
ここで一生二人と暮らしていくのか。
もう一度私の生きる世界に戻るのか。
単刀直入に言えば、死ぬか生きるか。
「このセカイの在り方は、いわば桜の木のように花咲く大きな木みたいなものなんだよね」
涙を流し続けた時間は頬を濡らし、心を潤し、自分を素直にしてくれたような至福と似ていた。
そのおかげか、ふと笑美は忌憚なく自分の今いる居場所のことを教えてくれた。
「死んだ人にも色んな気持ちがある。それは同じ死に方をしたとしても、その人だけの人生があるってこと。一人として同じなんてないからこそ、一つの共通点としてみんな大きな木の元で、それぞれを枝を伸ばして花を咲かせるの。それこそ、自分自身の人生を語るみたいに色んな花が実る場所がここ」
「なら、今ここにいる恋花は笑美と同じ枝を選んだということ?」
「ううん違うの。ここにいる人はみんな私の中だけの、私だけが見てきた姿なの…………でも、今の恋花ちゃんは本当みたい」
すると、呼ばれたように恋花は一歩前に出てきて、私の肩を叩いた。
「つまりは、この大きな木の中で、涙ちゃんが私たちを結んでくれたんだよ」
「そう、だから私たちはここでまた違う……というより、新しい出会いをするの。そして、私と恋花ちゃんはその中で再会できたんだよ。そうやって、また…………生きていくの」
また生きていく。
果たして、それが正しい言葉選びだったのか、少し気まずそうに笑美は目を逸らした。
でも刹那。また笑美はこちらを見てはっきりと告げた。
「だからこそ伝えたい。涙お嬢はこっちに来ないでほしい」
今度は強い意志を持って。さっきまでの迷いとは打って変わって真摯に訴えてくる。
「もう、私たちができることは過去を振り返ることしかできないから……」
恋花も付け加えるように、笑美の後押しをする。
「それでも、私はあなたたち二人だけでいいと言ったら?」
笑美とお別れをした日。
本当は行ってほしくなかった。逝かないでと全力で叫びたかった。私にはなにもないけれど、彼女にはいてほしかった。
それを叶えるのは傲慢だと、驕りだと、慢心だと……私の意見がこんな大事なときに通るはずなんてないと抑止力が働いた。
彼女しかいない私にとって、彼女の一番を答えてあげることが最上の成就といったところ。
それが故に、私は彼女を自由へと羽ばたかせた。
それなのに……今の私はどちらを選べばいいというのだろう。
彼女とこれからも一緒にいたい。せっかくここでまた会えたのなら、これからだって……。
「私たちにもうこれからはないから」
それを堰き止めるように笑美は私を一つ否定する。
「私たちはもう歩いてきた過去でしか生きられないんだよ」
恋花も笑美を肯定する。
私は許されない。まだここへ足を踏み入れてはならない。
「そう言われてもこのままの私にも生きがいなんてないわ。未来なんてなにも期待できない。私だってもうすでに過去に縋っているのよ……だからお願い」
そっちに行かせて…………私が心から願う我儘だった。
「だめだよ。涙お嬢」
「これから辛いまんまで、寂しいまんまで、傷ついても、それでも生きなきゃだめだよ。涙ちゃん」
どうして、私だけこうやって苦しみ続けなければいけないの?
どうして私ばかり置いてけぼりにされなきゃいけないの?
私にだって限界がある。あなたたちに知ってほしい終焉がある。
どうしてあなたたちだけいつも先を歩いてしまうの?
どうして……どうして…………どうしてっ!
そんなにも穏やかに笑って私に望むの?
どうもおはようございます雨水雄です。
もう12月になりましたね……今年も終盤。
と思いきや辺りではちらほら紅葉が綺麗で見頃だったりして、まだ冬にはなりきってないのかな……? いやいやこんなにもう寒いのな……みたいな浮遊感のある時期に取り囲まれてる気がします。
それでも、それも気付けばまた時間に置き去りにされて年越してたりしそうです。
まだ一ヶ月、もうあと一ヶ月……どう捉えてもそれが今年の猶予です。
今年一年最後の一ヶ月、有意義にしましょうね。
さて、今週もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。