第66話
生きるのに向いていない私は、こうして今も人間から逃げているだけなんだよ。
笑美の声を。直接脳に送り込まれる肉声を耳にしたのはいつ振りなのだろうか……。
あの不器用なりに歪な笑みを向けてくれていた顔は。
いつも私の先を踊るように歩き進んでいく後ろ姿は。
こちらに振り向く度、覗いてくる度揺れていた髪は。
今ではすっかり見下ろすどころか、しゃがんであげなければ目を合わせるのも苦労するほど小さくなっていて、愛らしくなってしまっていて。
それでも、あの声だ。私が、私だけが知っていると勘違いしてしまいたい感情の入り混じった声色。
彼女の過去も今も知っている私だからこそ分かるその声音を、私が間違えるはずなんてなかった。
電話越しでは伝わらない、微細な揺らめきはしっかりと届いているのよ。
「そう……あなたは今でもたくさん迷っているのね。笑美」
その言葉の意味は、対して深くもなかった。
ただ、この空が示すように……曇天の下で感じることは、混濁していて解決策もなくて迷子になっているということ。
その内容は私には分からない。
一つは、恋花をなぜいじめてしまったのか、今思えばそんな分かり切ったことが、どうして気付けなかったのかなとか。
もう一つは、やっぱり死ぬことは正しい選択だったのか、今もなんとなくに生きていればなんだか明るくなったのかなとか。
そんな決断した答えが、天秤の上でぐらついている。
忸怩たる思いが、笑美の心の迷いが、私たちを囲っていると、私は直感で決めつけていた。
だから、私の発言は空っぽで浅くて、拙い。
「お嬢…………私、私ね。涙お嬢とお別れしてからこの数年さ……考えることはあった。もうなにも取り返しはつかなくて、なにも取り戻しもできなくて、無駄な想像ばっかりしてたの。死んでるくせに、生きてる涙お嬢の明日が気になってたの。私が捨てた未来を生きてるあなたが、時々羨ましいと思っちゃってた」
それがなぜなんだろう……と。
あのときは死ぬことが最善で、それ以外生きる意味はなかったはずなのに……。
目の前の笑美は私が知るかつての彼女の姿をしていない。それでも、こんなにも声は苦しんでいる。
心は荒んでいるんじゃない。腐っているんじゃない。
まだ、枯れていないのよ。
「ねぇ、笑美。またお話しをしましょう」
空っぽで、まだまだあなたを知りたいと思う私に。
「恋花、あなたも付き合ってくれるかしら?」
笑美と恋花の思い出話を。
どうもおはようございます雨水雄です。
ううぅ……また最近一段と……というより急激に冷え込み始めましたね。
乾燥もあって、体調を崩しやすい時期かと思います。
雨水の作品も、予定では今年中に完結するのではと考えております。お互い、健康維持のまま年内無事に過ごせるよう祈ってます!
さて、今週もここまで読んでくださりありがとうございます。
では来週もよければここで。




