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曇天の下の極彩色  作者: 雨水雄
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第45話

結果論だけど。

私はなにか伝えられたかな。

私はなにか残せたかな。

こうしてあなただけをこの世界に置き去りにしてしまうことだけが不安なのはさ……やっぱずるいなって自分でも思うよ。

走り出した私は、それから数十分の間、笑美えみの声が耳に届くことはなかった。

急いで携帯を耳から離し、強く握りしめたまま駆け出していた。

向こうで笑美えみはまだなにかを話しているかもしれない。

大事なことを語っているかもしれない。

でも、そんなこと知ったこっちゃない。今の私にはそれ以上に守らなければいけないことがある。

笑美えみを死なせちゃいけない。

話なら、その後でいくらでも聞いてあげられるから……。




「はぁ……はぁ……はっ、はぁ……」

息が詰まりそうだった。

こんなにも全力疾走したことなんて、人生で初めてだったかもしれない。運動会、体育祭……いくらでも機会はあったのに、それよりも力一杯地面を蹴っているのがこんなときだなんて思いもしなかった。

おまけにこんな長い距離だって走ったことない。人生生き急いでいた記憶がないから、どんなときも歩いていた気がする。

走らなきゃ間に合わないことがあるんだと知った。

急がなきゃ失うものがあるんだと教えてもらった。

本当の意味で、私はここにいる意義を言語化できそうだった。

私は、いつも言っていたけど、力なんてない。なんにもない。

誰かのなにかを祈ることもできない。願う内容すら思い浮かばない。

それでも、唯一。

あなただけは幸せにしたい。なんとしてでも。

あわよくば、それが私の幸せになるから……。

「はぁ……はっ、はっ……え、えみ……はぁ」

一体どれくらい走っただろうか。

きっと携帯のナビで調べたらほんの数キロだったかもしれない。私の運動不足はそこまで生半可なものではないのだから。

でも、体感時間はかなり長かった。あれだけ頑張って腕を打って地面を踏んでいるのに進まないもどかしさが悔しかったから。

もう、こんなにも寒くなってきているのに、似合わない汗を大量に垂れ流しながら、私は学校の敷地内に足を踏み入れた。


正直、まだ気持ちは焦っていたけれど、上手く走れていたかは定かではなかった。

昇降口では、とりあえず靴を脱ぎ捨てて、そのまま階段を目指した。行きたいところは一番高い場所にあって、そのための一段一段がいつもよりも長く感じた。

重たい足は何度も階段に引っかかって、幾度も転げそうになった。その度に、無駄な労力を使って踏ん張って、また足が上がらなくなっての繰り返しだった。

それでも…………それでも今は、それどころではなかった。

時々携帯を耳に当ててみたが、向こうからなにも声は聞こえなかった。分かるのは、まだ通話中ということだけ。

大丈夫、まだ間に合ってる。大丈夫、まだ間に合う……大丈夫、手遅れなんかじゃない……そう言い聞かせてなんとか上へ上へ昇っていく。


とうとう屋上前。いつも私たちがいた階段まで差し迫った。

当然、まだそこには彼女はいなくて。姿はどこにもなくて。

もう、目に見えるのはその奥を示す扉一枚だった。

ぎゅっとドアノブを握りしめて、扉を押し込む。

「……? なに……?」

ガンっと強いなにかに当たる音がして、扉は開かなかった。

向こう側からなにかが邪魔している……私との面会を遮断している重たいなにかがある。


『あ、来てくれたんだ……』

そんなこっちが焦燥感と絶望感で、唇を噛み締める中、携帯の方からぼそっとなにかが聞こえた。

急いで耳に近づけると、ようやく彼女の声がした。

『お嬢……大丈夫? すっごい息上がってるけど、そんなに急いで来てくれたんだ』

「はぁ……あたり、まえでしょ。今のあなたがなにするか分からないの……だから」

『あはは……私信用ないなぁ……。うん。でもそうだよね。ごめんね』

「いいから、早くこの邪魔者をどけてくれないかしら。私はあなたに会うために来たのだけれど」

『う〜ん、それは無理かも。逆に私は今のままがよくてそうしたから』

「なぜ? 余計に帰れなくようなことしないでくれる? あなた自分がなにしてるか分かってるの?」

『そりゃもちろん。分かってるよ。ただ、お嬢がこんなにも必死に私のところに来てくれたのがさ……もうなんていうか全部だったんだよね』

「……なにが言いたいの?」

『だから、最期がそんなお嬢でよかったなって』

「私には今のあなたがなにを言っているのか分からないわ」

私は、早く開けろと言わんばかりに扉に体当たりした。

もう、全くと言っていいほど体力なんて残っていない。それでも、この先、最悪の結果が待っているのだとしたら……。

私は今死ぬ気でこの扉の向こう側へ行かなきゃならない。

『あ、そうだ。じゃあさっきの続きを最後に話すね』

私は通話をスピーカーにしてその場に置いた。

お構いなしに扉に何度も衝突していく。所詮、彼女も女の子。だから、重たいものといっても限界があって、私がこうして体で押し込む度に少しずつ開いてはきていた。

だから、諦めちゃいけない。せめて一発くらい……殴らなきゃ。

『私がさ、お嬢の家で初めて化粧した日のこと覚えてる? あのとき本当に楽しかったよね……それでさ、そのときお嬢が見たものって覚えてる?』


『あの壊れかけのリップ。あれさ、今さっき話してた彼女のものなんだ……彼女の唯一の形見。たぶんさ、あの子もずっと気になってたんだと思う。だって女の子だもん。そりゃ周りが可愛くなってるの見ると自分だって気になるよね……』


『私たちがずっと化粧してたからさ、あの子もそこに仲間入りすればいじめられなくなると思ってたのかな……。だから、化粧品売り場でさ、たまたま鉢合わせたときはびっくりしたんだよね。あ、やっぱりそうだよね……私でよければ教えてあげようかって……一言だけでも言ってあげればよかった』


『私はさ……本当弱いんだ。なにもできない。もう、手遅れになるまでなにもしてあげられない。結局私はそのときなにも声をかけてあげられなくて、最期の最後。彼女と目が合ったとき、初めて泣いた。泣くことしかできなかった。本当クズで救いようがなくて、弱い人間』


『お嬢もさ、いつか言ってたよね。いじめをするやつなんて、そいつらの方が死んだ方がましだって。あれ? 違ったっけな……でも私はそれを聞いて、うんうん、そうなんだよね……としか思えなくて。だってあいつら、やっぱ今でも死んでほしいって思ってる。でも、その分、私ももういちゃいけない人種になってるわけなんだよね……』


『だからね、お嬢…………ごめん』


『私、生きるの向いてなかったんだよね』


ガンッ!!と大きな音を立てて、私は外の空気を吸った。

扉が開いたと同時に私も一緒に向こう側へ体が放り出され、そこからはもう、体の力が入らなかった。

それでも、必死で彼女を探そうと周囲を死に物狂いで見回した。何度も何度も何度も何度も……!!!

だというのに……。

笑美えみ……? どこに行ったの?」

彼女の姿は、どこにもなかった。

どうもおはようございます雨水雄です。

なんとか梅雨が明けそうな予感がしてきた頃合いですかね……といってもまた夏がやってくる……!

なんかですね……雨水的には、まだ今年入ったばかりの感覚が残ってるんですよね。でもカレンダーはすでにぺらぺらと捲られているわけで、すでに半年が直近まで来てるんですよ……。

うわぁぁぁ……みんなちゃんと元気で!目一杯!人生楽しもうな!!

さて今週もここまで読んでくださりありがとうございます。

では来週もよければここで。

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