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曇天の下の極彩色  作者: 雨水雄
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第30話

人生の中で、いいことと悪いことの巡り合わせの比率は決して対等ではないと思ったことが山ほどある。

だって、私にはあの人しかいなくて。

あの人の言うことならなんでもよかった。たとえなにを言われても。

その声だけが私のいいこと。

「いってきまーす」と陽気に手を振りながら家を出ていく母を玄関で見送る。当然、私は手を振りかえしたりはしなかった。

「……これから代わりに学校行ってくれないかしら」

そんな本音混じりの戯言がぽつり。正直、半分本当に行ってもらいたい気持ちはあった。本人だって一つ提案してみれば喜んでくれるかもしれない。なんでも楽しめる人だから。

でも、その代わりに私が笑美えみと接する時間が少なくなることは癪だわ……全くもって心外だわ。

こういう譫言みたいな冗談はいざ私が正気を保てなくなったときに取っておきましょう……。

私は息一つ吐いて、玄関に背を向ける。もう一度自室に戻って部屋をチェック……いえ、その前に最後に洗面台で自分の顔を確認…………ピンポーン。

…………ピンポーン、と忙しなく慌ただしい私の脳内に滑り込んでくる音色は。

一つしかない。私は反射的にばっと振り返る。

いる。明らかに扉のガラス部分に人影がある。

家のチャイムが屋内に鳴り響き、数秒私は固まっていた。

いやなに、すぐにその足で真っ直ぐに進んで玄関の扉を開けてあげればいいだけのこと。

それだけで一番会いたかった人を出迎えられる。躊躇する必要なんて理由が皆無。

逃げるだけその分会いたい時間を無下にするだけ。その分また会いたい時間を増幅させるだけ。

私は今消費しなくちゃいけないのよ……。この溜まり溜まった会いたい分会えなかった鬱憤を。会うことによって。

「こんな緊張……前にもあったでしょう」

鼓舞して私は近づいていく。匂いも温度もなく、ただそこに見える人型を求めて。

先ほど、母が出ていくと同時に施錠された鍵を回し開ける。

ガチャリと、なにかに怯えるようにおそるおそる開ける。さして重くない扉はじわじわと隙間を広げて、玄関にはまだ一日の半ばを知らせる明るい光が差し込む。

まだ私と彼女であろう人物の間には扉一枚が立ちはだかっていて、もう少し開けないと……。

そこに、向こう側からひょこっと顔を覗かせてきた。

「えへへ、また来ちゃったよ!」

「あ……え、ええ、そうね」

待ち侘びていた彼女は、ちゃんと彼女の姿で、時間通りに現れた。

誰かじゃない、私の目に映っているのは紛い物とは到底言えない想像通りいつも通りの彼女が笑っていた。

肩にはオリエンテーリングでも行きたいのかと思わせるほどの大きめのリュック。両手にはおそらくそこに課題を全部詰め込んできたであろうトートバッグが掴まれている。

明らかな大荷物。これは大袈裟でもなく、約束を示唆していた。

「どうぞ、上がってちょうだい」

「うん。じゃあ、しばらくお邪魔しますよー」

「ええ、なにもない家だけれど自由にくつろいで」

口上では平静も保って、あくまでも平穏、平熱、平和的に。

ただし血流は忙しなく脈動を駆け巡り続け、口の中はすっかりパサパサしていて息を吸うのも痛いほどだった。

「あれ……? お!?」

そんな私の焦り焦る心境を気にも留めず、笑美えみはずずいっと顔の距離を詰めてくる。最近この距離感になることが多い気がするのだけれど、きっとこれは気のせいじゃない。ずっと彼女のそんな無邪気で些細な仕草に私は気が狂いそうなのだもの……。

そして今も彼女は私の顔をまじまじと見つめ、さらには笑って見せた。

「お嬢! めっちゃ可愛いね!」

そうやって私が欲っするがゆえにふわふわと浮ついた心を、簡単にぎゅっと掴んでくる。

「……ありがとう」

そのずるさにちょっとした羨望も含めて、私は素直にこの吹き立ちそうな気持ちをお礼にして返した。

そのあと、私と笑美えみは今回も私の部屋を中心に過ごそうと、階段を昇っていく。

「あ、そういえばお嬢」

皆無を昇り終わり、自室のドアノブに手をかけて私は振り向く。

「どうかした?」

「私さ、今日布団とか持って来てないんだけど……まぁ、なかったら床とかでもいいんだけど……!」

「…………少し待ってくれる?」

さすがに客人……しかもましてや笑美えみを地べたで寝かせるわけにはいかないわ。しかも今日一日じゃないもの。

今まで友人なんて家に呼んだことなんて記憶にないし、当然泊まりなんてありえない。

私は急いで母に連絡をした。

返事がきたのは、机の上に課題が広がっていて、お昼頃のことだった。おそらく母も今昼休憩中なのだろう。

『あ、ごめん。ないわ』

たったそれだけの返答で、私は再三固まった。

視線をいつも使っているベッドと笑美えみを往復……往復する。体はちっとも動かなかった。

「…………?」

首をかしげる彼女はまだなにも分かってないことでしょう……。

もう限界……勘弁してほしいところよ。

どうもおはようございます雨水雄です。

最近……本当にここ最近、あたたかくなってきましたね。雨水はこの時期が一番好きなのかもしれないと思えるほど心地よい肌触りの空間が満ちていて気分がいいです。まぁ、かといって以前の寒さがそんなに嫌いだったかと思うと、それもまた時間の経過や思いに耽る時間が生じて悪くはなかった……そう、なかったとは言えます。

そして、今年の桜は雨水のいる地方では今月の下旬には見どころなんだとか。あぁ、さっそく観光スポットでも調べて……なんて今の時間も非常に楽しくて好きです。

多くの人にとって、大きな門出となる季節はもつすぐそこなんだと実感します。

どうかみなさんにとって、唯一性のある、充実した日々になることを小さき一人ですが、祈っております。

さて、今週もここまで読んで下さりありがとうございます。

では来週もよければここで。

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