第20話
そばいてくれるだけでいい。
それは別に触られなくても感じられる距離があるから。
それはきっと心の距離。
お互いの目を見て受け取った純度が教えてくれる偽りのない距離。
誰かに触られるのはいつぶりかしら……。
加えれば、顔に限ればそれは鮮明な記憶がないほどに、私はこの部位に体温を感じたことはない。
だから今、こうして指先一つ小さな面積が接しているだけで、ひどく混乱してしまう。
「あ、涙ちゃん目開けて……涙ちゃん?」
「む、無理よ…………」
このまま声のする方へ光を求めてしまっては、私の正気は耐えられるはずがないわ。
色彩が飛び込んできた瞬間には、最も美しいそのお顔があるのでしょう? そんなの無理に決まってるわ。
「大丈夫だから! 絶対痛くしないから! ね? 頼むから開けてよぉ……!」
「む、無理なものは無理なのよ……!」
「涙ちゃ〜ん!」
私と彼女の他愛のない言い合い、譲れない攻防戦。
別に本心から触られたくないとは思っていない私からすれば、こんな些細な伯仲なんて、安易に折れてしまえばいい。
その柔肌が私を撫でる感触なんて、むしろ願ってもない僥倖。
だったら、今この光景をしっかりと目に焼き付けることは私にとっても最上の思い出になるのよ。
言われるまでもないその選択を、私は頑なに瞑って流していた。
だって……それは。
「は、恥ずかしいわ…………」
単純に。
その瞳と至近距離になることが、私の全身をそこはかとなく熱くさせる。
その赤面を見られることがなによりも恥ずかしい。
それに、それだとなんだかこちらだけが弱みを握られているような気がして、不平等だわ……。
全て自分自身の薄弱なメンタルのせい、その心境に足を踏み入れた時点で私の負けなのは重々承知……。
でも、それくらい……せめてそれだけは平等でいたいという私の叶うはずもない理想図が、こうして次の行動を拒む。
もうすでにこうして真っ赤に染まっていることも梅雨知らず……。
「もう、涙ちゃん……」
ついに彼女は、私の堅固な拒絶に痺れを切らしたのか、息を吐く音を出した。
視界の真っ暗の私にとっては、それは呆れの表情がふと思い浮かんだ。
それもそうよね……。
彼女はそれを嬉しいと言ってくれたのに。私はそんな彼女が見たくてこうしているのに……。
挙句には恥ずかしいの一点張りでその嬉しさを否定してしまっては、まさに本末転倒。
結局、私は彼女との距離をまだ上手く把握できていなかったのよね……。
憧憬、尊敬、そして少なからずの惻隠……。
それらが絡み合って、混ざり合って、彼女をどんどんと私の中で膨れ上がらせている。
地から足が離れるように、笑美がだんだんと遠くなっていく。
「………………」
「涙ちゃん」
突然、両方の頬から、ぱんっと破裂音のような激しい音が響いた。
驚いて目を開くと、そこには少しばかり怒っているように見える笑美がいた。
あと、じわじわと私の頬に痛みの感覚……と、そのあとに包まれているあたたかい実感が広がっていく……。
「涙ちゃん、ちゃんと私を見て」
「え、笑美…………」
さっきまでの緊張はすでになかった。
たぶんそれは、笑美が怒っているからかもしれない。これ以上拒んだ方がもっと私にとって嫌な結果になると本能的に察したからかもしれない。
だから、私は笑美を見た。真っ直ぐで、一秒たりとも離れないその眼光をぐっと堪えて見続けた。
「涙ちゃん。私はここにいるの。ここにしかいないの。私は、こうして今も私といてくれる涙ちゃんがいるから幸せなの。分かって」
「…………え、えみ」
「ちゃんと分かって!」
両頬に力が加えられて、圧力に抗えない私の顔面は今潰れそうになっていた。
「ひゃ、ひゃい……」
「本当に分かってる? もう恥ずかしがらない? 涙ちゃんがそんな態度取るとさ……なんか距離を感じて嫌なの。もうさ、今しかないんだよ。今日私このまま帰るの嫌だよ……だから、ね? ちゃんと私たちの時間にしよ?」
そこまで言われて、私はやっと、はっとした。
ずっとここまで、笑美だけが私を見ていたんだと。
私はずっと、笑美という存在がいるという現実に、なにかしらのフィルターをかけていた気がした。まだこれはなにかの夢なのかと。これは今日だけの特別なんだと。
私が、私自身を認められず、こんなにも誰かと幸せを共有するということに、一枚壁を隔ててしまっていた。
「笑美……ごめんなさい。私が悪かったわ」
「ううん、いいよ。私の気持ちをちゃんと分かってくれたなら。あと、私もほっぺた叩いてごめんね」
「そんなこと、笑美に比べればなんてことないわ」
「ありがと。じゃ、続きしたいからさ……今度はしっかり目開けててね」
「分かったわ」
私たちの時間は、それからもうしばらく続いた。
目を開けるとそこには笑美がいて、ときどきばっちり目が合うとびっくりして照れ臭かったりしたけれど。
でも、笑美のその微笑む感情が、本物なんだと感じたら、私は今度はその顔から目が離せなくなった。
笑美が幸せならよかった。笑美だけでも幸せになれるならよかった。
でも、そんな笑美は、こうして私も幸せにしてくれるのね……。
「はい、できたっ!」
「こ、これが私……?」
「うん、そうだよ。なんだかお嬢様みたいに綺麗になったね」
「それは言い過ぎよ……でも、私でもこんな風になれるのね」
「そうだよ。涙お嬢っ」
「や、やめて……それこそ本当に恥ずかしいわ」
「えへへ、でもいいじゃん! 似合ってるよ、涙お嬢」
「もう……まぁ、好きにするといいわ」
新年あけましておめでとうございます!
どうも雨水雄です。やってきた2023年です。
うーん……なんかあっという間ですね。月並みな感想ですが。
なにか見える境界線があるわけでもなく、時計がその時間を知らせてくれて、過ぎればまた新しく始まると。
そして今もう、また来年に向けてのカウントダウンもスタートしていると。
そんなあっけなさに対して雨水は、とりあえず前進を心掛けていきたいと思います!
去年は最後にレディクレや、ホロライブ年末ライブを経て、たくさんエネルギーを頂きましたから!今年もこうして色んなエネルギーを調達しながら突っ走っていこうかと思います!
と言ってもただ闇雲に一歩踏み出せばいいとも限らないので。
立ち止まって考えることも前進。悩んで分からなくて休むことも前進。
ちゃんと昨日に立って、明日に向かって背伸びをしている今日であるならそれでいい!
今日をしっかり生きなければ明日の自分は立つことすらできないぞという精神で頑張っていきます!
雨水は頑張るだけ。読んで下さるあなたになにかしら、あなたにとって前進できるあなたのためのエネルギーを届けられたらと思っています。
さて、というわけで本年もどうぞ雨水をよろしくお願い致します。
では来週もよければここで。