第53話 オルガは契約を結ぶ
ヘリオスブルグの城壁から少し離れたところにある岩場の陰に隠したエルドランダーに荷物を積み込む。
今度の旅は少し長旅になりそうということで水や食料は多めだ。
カタリストを使えばシンシアの食べた食材や飲み物は量産できるがある程度節約しないとな。
エルドランダーは性能が良くなった分燃費は格段に上がっている。
カレー食ってたら燃料作れなくなりました、ってのはシャレにならん。
最後の荷物を積み終えたオルガが、
「これで全部か?」
と聞いてきた。
ランスロットの手配してくれた治癒術師のおかげで傷は完治したようだった。
「ああ。荷車は明日、ランスロットの家来が取りに来るみたいだから放置しておこう」
「王国最西端の港町フェルパまで経由地なしに行けるとは……これではエドワードも追いかけて来れないだろうな」
そう言いながら体を伸ばすオルガ。
瞬間、形の良いおへそと引き締まったお腹が見えて思わず鼻の下が伸びた。
ランスロットは本来の勇者活動に戻るので以降の旅にはついてこれない。
つまり、俺とシンシアとオルガの三人だけで旅をすることになる。
…………理性保つかなぁ。
チラッとシンシアの方に目をやる。
ポリバケツを傍に置いてエルドランダーの給油作業をしている。
「エルドランダーさん。お腹いっぱいですか?」
『ハイ、満タンです。ありがとうございます』
「たくさんお荷物を積んでいますから重いですけど頑張ってくださいね」
『ええ、シンシアお嬢様も』
さておき、シンシアの順応性は大したもんだ。
それこそお嬢様が飼い犬を可愛がるように話しかけたり撫でたりしてあげている。
これからロード・オブ・ザ・リ○グな旅に出るというのに家族でキャンプ旅行に行くような和やかな雰囲気だ。
家族構成は俺がパパでオルガがママ。
シンシアが娘でエルドランダーはマイカー兼愛犬と言ったところか。
……よし、大丈夫だ!
キャンプで車中泊をしていて子供が寝ているからといって横でおっ始める夫婦はいない!
いないと思う!
俺はこの世界ではコンプライアンス守って生きていくんだ!
と自分に言い聞かせる。
すると、ルーフに乗ったオルガが声をかけてきた。
「これは外に野ざらしでいいのか?」
彼女が指差すのは今回の旅の重要アイテムである禁断指定の武具だ。
分厚い布に巻いているので中は見えないし見ようともしない。
「かまわない。どうせ捨てる物だし、さらに言えばどうやっても壊れないから扱いに困ってたくらいだ」
「ふーむ……ま、さっさと厄介払いしたいな。因果の強いモノ同士は惹かれ合うというし、トラブルを惹きつけないかと————あっ!」
オルガがエアロパーツにつまづき、屋根から転落した。
「オルガっ!」
反射的に落下位置に体を差し込む。
オルガもバランスを取ろうと抱きついてきたおかげでコケずに済んだ。
「す……スマン! 運命の加護がなくなってからイマイチ体のキレが悪くて……
「♡…………いへいへ、おひひはははふっ♡(いえいえ、お気になさらず)」
オルガの白桃のような胸に顔が埋もれていた。
わざとじゃないよ。
「こういうこともあるから、早く私と契約してくれないか?」
「契約?」
「主従契約だ。私の【地の果てまでも駆ける猟犬】は主人がいないと基礎的な加護も受けられない。これではいささか不便に過ぎる」
オルガの言うとおり、身体能力がアメコミの女性ヒーローから運動神経の良い女子くらいまで落ちてしまっている。
元々持っていた力を失ったことを不安に感じているのは理解できる。
だが、
「悪いけど……俺はその契約を結びたくない」
「どうして!?」
「単純に嫌だからだよ。主従契約って聞こえはいいが能力を質に取った隷属契約じゃないか」
ファンタジー世界と奴隷。
それこそ日本にいる時にマンガで胸が焼けるくらい見たさ。
人間嫌いの主人公が美少女の獣人とかの奴隷ちゃんを買って優しくするヤツな。
奴隷ちゃんに人生の選択肢なんてないし、人間扱いしたりする人がいないから、ちょっと優しくしたり自由を与えるだけで惚れてくれる。
そのメカニズムは分かるし、主人公もハッピー、奴隷ちゃんもハッピーだから良いことだと思うよ。
物語としてはね。
でも、俺はそういうのは嫌いだ。
「俺の国に奴隷制度はなかったし主人になりたいと思わない。立場が違うからと言って人間をモノのように扱ったり、気持ちを尊重しなくなったら俺が品位を失うからな。オルガは奴隷なんかじゃなく仲間として旅について来い」
「……私はアンゴに従わせてほしいんだが?」
上目遣いで胸の谷間を強調して言わないでくれ。
決意がブルンブルン揺らいでしまうじゃないか。
「大丈夫だと思うぞ。アンゴが根っからの善人なのは知っている。奴隷に対してもそういう考えを持っているのなら私のことを粗末には扱わないだろう」
「そりゃあそうだけど……」
でもね、欲望の問題は俺の理性ではどうにもしがたい時があるわけで……契約を結んでしまうとオルガがその気じゃなくても受け入れざるを得ないから色々とマズイ————
「だったら! いい考えがありますわ!!」
シンシアが人差し指を立てて頭の上に電球灯してそうな顔で俺たちの会話に割り込んできた。
「私がオルガさんと主従関係を結べば良いことですの! そうすればアンゴさんとオルガさんは対等にお付き合いできますわ!」
「いやいやいや。お前に奴隷なんか10年早い!!」
「もちろん奴隷だなんて思っていませんわ! でも綺麗で強い従者に命懸けで護られたいという願望を叶えたいんです!」
「それは…………ちょっと分からんでもない! けど! お前のことだから絶対、マヌケな使い方してトラブル起こすからダメ!!」
「ヒドイですわ! 人を信じる心がないのですか!?」
「お前が前科だらけだからなぁっ!」
シンシアが襲いかかってくるので取っ組み合いになる。
一方オルガは唇に指を当てて考え込んでいたが、ふいに口を開く。
「それは……妙案かもしれんぞ」
「なんだって?」
「私の運命の加護の中に【帰巣本能】というものがある。これは主人の元に戻ろうと思えば自然と主人の居場所がわかると言うモノだ。シンシアさんの奴隷になれば私は常に居場所を知ることができる。エドワードのように彼女のことを奪いにくる輩は今後も現れるだろう。戦略的に私とシンシアさんを繋いでおくのはアリだ」
なるほど……発信機をつけたみたいな状態になると言うことか。
たしかに位置情報を知れるのは大きい。
子供用スマホがあるのならシンシアに持たせたいところだからな。
「でも、大丈夫か? シンシア、絶対に悪用したりしないか?」
「見くびられては困りますわ! このローゼンハイム伯爵家令嬢シンシア! お嬢さまの端くれとして品位を疑われるような扱いをオルガさんにするとお思いですか!?」
まあ……故意に悪用はしない、というかそんな底意地の悪いこと思いつきそうなタイプじゃないし。
一番怖いのはドジ踏んで俺たち全員に被害を与えることだが……そんなことをしようものなら俺がシンシアをシメれば片付くか。
「オルガはいいか? こんなのが主人で?」
「こんなの!? アンゴさん最近私の扱いどんどん雑になっていませんこと!?」
慌て怒るシンシアの様子にオルガは堪えきれず笑った。
「アハハハ、本当にシンシアさんは面白いお嬢さまだ。無論、私は構わない。一度、お姫様に仕えるというのもやってみたかったんだ」
「あら? でしたらオルガさんは私の騎士様ですわね! ついに騎士持ちのお嬢様になりましてよ!」
どうやら二人の話はまとまったようだ。
「では! オルガさん! 騎士として、私を主人と認め、仕えることを誓いなさい!」
「我が身命と誓いを捧げる。シンシア……さん。あなたを護る牙となり、あなたに従う剣となろう!」
オルガは差し出したシンシアの手の甲に口づけをした。
こうやってみると主従契約を結ぶってカッケーな。
絆を繋ぐ儀式って感じがして。
……てか、今更だけどシンシアが俺の手に口づけしたのってこれと同じように生殺与奪を預けるみたいな意味があったのかな。
……だとしたら、俺結構やばいことしてるな。
ミ○とお菓子だけでお嬢様を隷属させるなんて(※第8話参照)……
「力が戻った! こんな重い石も持てる!」
「信じられませんわー!」
はしゃいでいるシンシアとオルガの間にはとても主従の壁があるようには思えない。
契約というのも結局は人間次第なモノだな。