第51話 BBQと未来予想図
夜の荒野を吹く風は少し冷たく、この世界にも季節が巡ることを教えてくれる。
だが、まだまだキャンプ日和だ。
今日の夕飯はこの世界の食材をふんだんに使ったBBQ。
河原のそばにエルドランダーを停車してコンロを立て着火剤と木炭で火おこし。
網に肉を置くと滴る脂が燃える炭に落ちてじゅわわっと音を立てて煙を上げる。
「うーむ…………芳しい香りだ。なんか細工したのか?」
とまだフードを外さない彼が尋ねてきた。
俺は茶色くドロリとした液体の入った瓶を持って答える。
「お前が獲ってきた肉をこの焼き肉のタレに漬け込んでおいただけだ」
「へえ、食べる前にもそのタレつけるのに漬け込む意味があるのか?」
「あれ見てごらん」
と、早速タレをつけた肉を頬張るシンシアを指す。
「うんんんんまいっ! ですわっ! 肉の香ばしさがランスロットさんのおうちで食べてたものと段違いですわっ!」
「悪かったな」
「私は辛いのは好みでありませんが甘さと交互に押し寄せることでこの辛さも愛おしく思えましてよ! 箸が止まりませんわ!」
いつのまにかシンシアは器用に箸を使うようになっていた。
パクパクと焼けたそばから肉を口に運んでいく。
「おい、その肉俺が獲ってきたんだからさー残しておいてくれよ」
「失敬な、食べ尽くしたりなんかいたしませんわよ。ランスロットさんが遅いから————」
「バカ! 名前を呼ぶなっ!!」
あーあ。
ま、どうせやらかすと分かりきってたけどさ。
オルガが大きな瞳をさらに大きく拡げて固まっちゃったぞ。
「ランス……ロット?!」
「チッ。ああ、そうだよ。勇者ランスロットとは俺のことだ」
半ば自棄になりながらフードを取り、マントを椅子に投げ掛けた。
オルガは気遣うように声をかける。
「いや……すみません。貴方様とアンゴに接点があったことは承知しておりましたが、まさかこんな事に」
「俺だって不本意だよ。万民の剣たる俺が用心棒みたいに使われるなんて……しかも人間相手に」
「だから俺を攻撃するヤツだけに反撃する専守防衛の役割しか与えてなかっただろうが」
「右手で武器振り回して左手に盾を持つことは専守防衛とは言わないんだよ」
ごもっともだ。
「では、なぜ貴方様が————」
「俺がどうしてこんなことしてるって? アンゴに面倒な仕事を代わってもらうための代償だよ」
そう。
オルガの行方を追うため一旦、ランスロット邸に戻ったのはヤツに俺の護衛を頼むためだった。
俺自身の戦闘力じゃオルガひとり組み伏せられないし、武器を取って人を殺す方法なんてまだ身につけられない。
人間を護ることで運命の加護を得ているランスロットは当然嫌がったが、交換条件として彼のやりたくない面倒な仕事を肩代わりすることを提示してきた。
win-winな関係だよな? 俺たち。
「その仕事とは?」
オルガの問いに俺が代わって答える。
「禁断指定の武器の廃棄さ。どうやらそいつは破壊できないらしく、しかも人間が扱えない代物だからオーバーロードどもやモンスターに悪用される前に海の底に沈めて回収できないようにしてしまえ、ってことらしい」
ロード・オブ・ザ・リ○グみたいでちょっとワクワクしてしまうミッションだ。
しかもエルドランダーを含めた俺たち全員の渡航準備をランスロット側で整えてくれるという。
船に乗ってブツを海に捨てて、そのまま海外にトンズラこく手筈だ。
「海に行くのが楽しみですわ! オルガさんはご覧になりまして?」
「ある…………が、本当に良いのか? 私みたいな者がお前たちについていくなんて」
そら戸惑うよな。
いきなり人生の方向性がガラリと変わったんだ。
ここは安心を与えるために頼れる男アピールでもしておこうか————と思った矢先、シンシアがオルガの手を握る。
「良いに決まってるじゃありませんか。私だって本当だったらあのお屋敷で飼われる運命でしたのよ。それがいろいろあってアンゴさんとエルドランダーさんと旅しています。私の本来の運命にこれっぽっちも存在しなかった道を歩んでるのだと思いますが今はとっても楽しいですわ」
ニコニコと笑いかけるシンシアの顔を直視できず顔を背けてしまうオルガ。
それでも構わずシンシアは元気よく喋り続ける。
「それに私もオルガさんと旅をするのが楽しみですわ! 大人のレディという感じで憧れますの! アンゴさんより強いみたいですし! 私を護りつつ育てていただきたいものですわ!」
余計なひとこと付け加えんなー!
文句の一つでもぶっ込んでやろうと思ったら、オルガが笑い出した。
「レディ……ハハッ! この私がか?」
「ハイ! どこからどう見ても! 外国に行ったらドレスを着て一緒に舞踏会に参りましょう!」
それは良いシンデレラだ。
カボチャの馬車の代わりにエルドランダーに乗って幸せを掴むパーティに殴り込み。
シンシアとオルガが並んで赤絨毯を歩く姿はきっと絢爛なものだ。
そしてオルガは天を仰ぎながら声を上げる。
「かなわんなあ、お嬢様というヤツは下々の者とは発想が違いすぎる」
「お嬢様ではありませんわ。シンシアさん、とお呼びなさいな」
「……わかったよ。シンシアさん」
どうやらシンシアの描く未来予想図がお気に召したようでオルガの表情はとても柔らかくなり、冷え切っていた心に光が灯ったように見えた。