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第43話 宇佐美安吾は策を練る

『聖なる都アマンダ』とはなかなか自己愛に溢れた名前の街だな、と思う。

 ヘリオスブルグに比べるとイマイチ垢抜けないというか地味な印象を受ける街だ。

 それでも大陸を二分する国家の首都だけあって相当な人口を抱えている街らしい。


 例によってエルドランダーを街の外に駐車し、シンシアに擬態してもらい街の中に入った俺たちはまっすぐ宿に向かう。

 貴族街にあるその宿は現代日本でも人気が出そうなレトロモダンな雰囲気の洋館。

 国賓や辺境貴族の滞在先に使われるこの宿は平民ならいくら金を積んでも泊めてもらえない。

 そこで天下の宝刀、ランスロットことデルミオ勇爵の威光が光る。

 サンクルス王国と友好的な関係であることを示すためランスロットの強大な力は二国間に共有されている。

 つまりクローリア国内で起こる人類に害を与える事件解決のためにランスロットが出陣することが可能なのだ。

 俺たちはヤツの尖兵としてこの街に滞在するということにしてあるから貴族街の施設を使えるというわけ。



「さーーて! 何から始めましょうか!?」


 部屋に入って鍵を閉めるなりシンシアが張り切って声を上げる。


「俺が戻ってくるまでこの部屋で待機。外には出るなよ」

「えぇっ!? 私にお留守番をさせるというの!?」

「だからそう言ってんだろ」

「嫌ですわ! ついてきたからには私も働きたいですわ!」

「君の出番はカタリストを手に入れた後。だからエルドランダーの中で待ってろと言ったのに」


 お嬢様にあるまじき勤労意欲を示すシンシア。

 ランスロットのお屋敷に置きっぱなしにするのも憚られるので連れてきたが今回の作戦でシンシアを連れていくメリットはない。


 それは先週、ランスロットから聞かされた話を踏まえた上での結論だ。



「『猟犬』? ビーグルとかプードルとか?」

「文字通り犬を想像しないでよ。通称さ。今から10年くらい前かな? 王国の特殊部隊にブラッセル遊撃隊というのがあったんだ。並外れた戦闘力と練度を誇る王国最強の戦闘集団。そこで『猟犬』と呼ばれていた隊員がグレゴリー家……つまりシンシアの婚約していた家に飼われている。正直、由々しき事態というやつだ」


 二人きりで話がしたい、と俺を呼び出したランスロットは終始苦虫を噛み潰したような顔で俺に語っている。


「そのお犬様がシンシアのことを捜しているって? いやいや、荒野で行方不明になったお嬢様が生きてると考える方がおかしいだろ。仮に捜しまわっていてもあの荒野から遥か離れた王都にいる俺たちを捕捉するなんてできるわけ」

「なんてことないだろう。ヤツは追跡にまつわる運命持ちだ。山中に潜伏していたオーバーロードの扇動者を暗殺したり、悪徳軍人が荒野に埋蔵していた軍事物資を発見したりブラッセル遊撃隊の戦果は神がかっている。痕跡を遺しまくって旅をしているオッサンたちなんていくらでも見つけられる」


 怖っ! 徳川埋蔵金を何十年も捜してる日本人を嘲笑うかのような能力だな。

 そんなことできるなら未解決事件の捜査とかに関わってくれよ。


「となると……今のところかち合っていないのはエルドランダーの移動速度についてこれていないからか」

「早馬を乗り継いでも一日200キロが限度。エルドランダーの三分の一以下だろうね。だが運命持ちの中には無尽蔵のスタミナで走り続けられるバケモノもいる。楽観視はしちゃダメだ」


 ランスロット邸に滞在してひと月以上……

 既に同じ街の中にその暗殺者がいる可能性があるということか。


「だが、俺の屋敷にいる間は大丈夫だ。明日にでも警備のレベルを上げる。グレゴリー家がいくら力を持っていても所詮商人だからな。貴族街に攻め込むような真似はそう簡単にできないだろう。落ち着いて次の一手を」

「ダメだ。一刻も早くこの家を離れる。だから必要以上に身構えるな。こちらが向こうに気づいていると悟られるとまずい」


 ランスロットが呑気とは思わない。

 だが、コイツは自分の桁外れの戦闘力に頼っている分危機感が薄い。


「俺の屋敷じゃ守り切れないと?」

「いや、多分お前の屋敷に暗殺者を送る馬鹿はいない。この屋敷は権威で守られた難攻不落の城だ。だけど、それがまずいんだ。俺の経験則上、勝てないゲームに乗ってしまったヤツがやることは敗北宣言ばかりじゃない。卓をひっくり返してゲームそのものを破綻させるんだ」


 どういうことだ、と尋ね返してきたランスロットに俺は顔を近づけて小声で答える。


「ここにいる以上、シンシアが手に入らない。確定した敗北を受け入れるくらいならば他人に奪われるリスクを呑んでもう一度争奪戦を仕切り直す…………俺が予想するグレゴリー家の次の一手は『物質変換の術式が使える少女を勇者ランスロットが囲い込んでいる』と、世界中に暴露することだ」


 ランスロットは「ハァ!?」と驚きと怒りの混じった声を上げた後、口を押さえて呼吸を整える。


「…………あり得るな。そしてそれをやられるとシャレにならない。この屋敷めがけて世界中から工作員と軍隊が押し寄せる。シンシアを巡って文字どおりの戦争が始まる。そして王家にも秘匿していた俺はクビを持ってかれる」

「分かっただろ。早まった真似をするな。俺はシンシアを連れて神聖クローリア王国だっけか、そこにいく。カタリストさえ手に入れば地の果てまでも逃げてやる」


 覚悟はできてる。

 別にこの世界で小金持ちの暮らしを堪能したいわけじゃない。

 そんなことよりも自分の信念や想いを通して生きることの方がずっと大事だ。


「カッコいいね、アンゴさん。シンシアからすれば白馬の騎士だ」


 キャンピングカーに乗ったニートに捕まり、軽油飲ませてガソリンスタンド代わりに使われてるという見方もできなくないがな。


「とりあえず、追いかけてきているその『猟犬』とやらの情報をくれ。己を知り、敵を知ればなんとやらだ」

「含蓄あるなあ、オッサンだけに」


 ランスロットから渡された紙にはこの大陸で使われている『神聖文字』で情報が書き記されている。

 ついこないだまでなら代読を頼むところだが、滞在中必死で読み書きを覚えたからな。

 といっても表音文字で日本語を表しているだけだから大した作業じゃなかった。


 えーと、

 名前はオルガマリー。

 20代半ばの女性。

 見た目は不明だが発注されている服や靴のサイズから170センチを超え、肩幅の広い恵体と推測される。


 ブラッセル遊撃隊の隊員は基本的に孤児。

 拾った子供たちを幼少期から徹底的に鍛え上げて軍人として育成する。

 彼女もその一人だが10歳の時に運命を授かり、捜索・追跡の任務を任されるようになる。

 順調にキャリアを重ねていくが、6年前。

 当時の隊長が過去の悪事や貴族商人との癒着について告発し、遊撃隊が解体される。

 オルガマリーも不当な暗殺の実行者として罪に問われシュライン刑務所に放り込まれる。

 懲役50年の判決だったが、恩赦により刑務期間を短縮され1年半で出所。

 その後、グレゴリー家に食客として招かれる…………



「ガチガチの戦争屋じゃねえか。ヤクザの経歴読んでる気分だぜ」

「貴族のお嬢さんしか知らないアンタには想像を絶する世界だよな。どうだい、倒せそうか?」


 語学の勉強と並行して護身術の特訓もしている。

 だが、チンピラ相手ならともかくこんなバケモノみたいな女どうしろと…………


 紙の下の方に視線をやると、オルガマリーの【運命】についての情報が記されていた。



【地の果てまでも駆ける猟犬】

 ・追跡者の運命、等級は極級

 ・追跡時に絶対的な直感と分析能力が発揮される。

 同時に身体能力の底上げも行われる。

 ・追跡の対象は自分では定められない。

 ・「主人」として忠誠を誓う相手がいなくては運命の加護が得られない。



「この運命についての情報は正確なのか?」

「裁判記録から取ったものだから大丈夫だろ。運命の情報は量刑を左右する問題だからな」



 なるほどなるほど……ちょっと探ってみるか。


「すまん、ランスロット。あと数日ここに置いてくれ。あと情報収集のために人を貸してくれ」

「かまわないけど……何するつもり?」

「今は秘密だ。ただ、禍根はここで断ち切っときたい」


 かなり馬鹿げた作戦を思いついた。

 ランスロットに話すと笑われそうだから黙っておくことにする。

 俺としてはマジメに考えた最善策なんだからな。

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